<夢限の英雄章>

 

 

 

 

第二章 破滅〜CATASTROPHE〜

 
 
 
 
<CONTENTS>
 
 
 
第二章 破滅〜CATASTROPHE〜
 
 
 
 
 


 

 
 
531日、俺はコックピットの中にいる。深呼吸をした。意識を集中させる。
「シュウ?」
前の座席に座った威舞がこちらに振り返り、心配そうな表情を浮かべていた。今の俺はいつになく真剣な表情をしている事だろう。だから少し心配させたかもしれない。
俺は表情を緩め
「大丈夫だよ」
と答えた。
今、俺達はウィングストレイヴァーの中にいる。そのウィングストレイヴァーは、大型輸送機デルタキャリアーに搭載され現場に移送されていた。
510決戦と名付けられた、あの510日の戦い以後も、ヴォルヴは度々出現している。日本ではなく、世界各地で人を襲っていた。大群で現れる事なく、小型のヴォルヴが23体で集落を襲うケースが多い。ヴォルヴの先遣隊群の中でも東京を襲わずに生き残った残存個体である。それらの個体に、アブサフは現状ウィングストレイヴァー一機で挑まねばならなかった。機体性能から言って、苦戦することはなかったが、戦況的に出撃が後手後手に回ることが多い。救えなかった命も多かった。
しかし・・・
「これで終わるんだよな・・・」
俺達はヴォルヴの弱点とも言える情報を掴んでいた。ヴォルヴの指令系統である。一体の要塞型ヴォルヴ=V2-Fが何百体と言う蜘蛛型ヴォルヴV1-Sに指令のような特殊音波を送っているのだ。その音波を断つ事が出来れば、ヴォルヴは活動を停止する。つまり、ボス格である要塞型ヴォルヴを潰せばいいのだ。
これらの情報は、全て510決戦時の状況データとヴォルヴの死骸から得られたものだった。
上層部は『蜘蛛型のヴォルヴが現れるという事は、必ずこの地球上のどこかに要塞型ヴォルヴが潜んでいるはず』との予想を立てていた。
そして今、アブサフに要塞型ヴォルヴが現れたという情報が入った。これは最大のチャンスである。
「終わらせるぞ、威舞」
「うん」
影沢さんからの通信が入る。
『現場上空に到着。発進を許可する。拘束具解除。ウィングストレイヴァーに発進システムを移譲』
「了解」
俺は操縦桿を握りしめた。
「行くぞ、威舞」
「うん」
俺は叫ぶ。
 
「夜霧シュウ」
 
「・・・威舞」
 
SXW-04A/Eウィングストレイヴァー」
 
「「行きます」」
 
カタパルトから吐き出される機体。
「ストレイヴァー ファイターモード」
威舞の言語コードにAIは≪STRAIGHVER FIGHTER MODE≫と確認すると、機体を戦闘機形態へ変形させた。
 
STRIGVER 第?章 破滅〜CATASTROPHE
イメージオープニングテーマ
茅原実里/FUTURE STER
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そして、要塞型ヴォルヴが出現したという孤島へ向かう。
510決戦時の戦闘データからこのウィングストレイヴァーは、俺と威舞が同時に搭乗する事によって本来の機体性能が引き出せることが判明。正式に前後の複座型コックピットに改修を施されている。
またサポートに今まで同様AIも搭載されている。このAIは前回SX-03Aに搭載されていたものだ。
何となくこのAIとは腐れ縁のようなものがある気がする。
操縦は、威舞が戦闘機形態=ファイターモードを、俺が人型形態=バトルモードを担当する。と同時に攻撃は俺、機体制御は威舞が担当していた。
夜闇の中を飛行する真紅の機体=ウィングストレイヴァー。
ターゲットは直ぐに発見された。
「見つけた!」
巨大な亀のような甲羅、鮫のような口。間違いない、要塞型ヴォルヴ=V2-FVOLVE type2-Fortress)である。
俺達の姿を認めると、ヴォルヴはすぐさま攻撃に移った。亀の甲羅上の赤いプリズムから光線を発射する。
「威舞!」
「・・・っ」
分かってる、と言わんばかりに威舞は操縦桿を引いた。光線と光線の間を縫うようにして攻撃をかわしていく。いつも無口で何を考えているのか分からない彼女だが、こうしたところをみるとやはりパイロットとして、戦う者として育てられてきたことを再認識させられる。
「シュウ」
「了解! バトルモード!」
俺のコールに、AIの≪STRAIGHVER BATTLE MODE≫の表示と共に機体は人型形態へと変形を遂げる。真紅の戦闘巨人。これがストレイヴァーとしての本来の姿だった。
「当たれぇぇぇぇっ!!」
ライフルを構え、トリガーを引く。無数の光条がヴォルヴの甲羅上のプリズムを破壊する。これで光線は放てまい。ストレイヴァーは腰から光の剣を引き抜く。ビームブレードである。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
ヴォルヴの足を薙ぐ。浮遊しているとはいえ、姿勢制御には足を使用しているようだった。ヴォルヴは苦しむような声を上げると、孤島の浜辺に不時着する。何とか海の方に逃げようとしているようだった。
「トドメ・・・」
「ああ。ドライヴアッ・・・いや、待て」
俺は威舞を制止した。
「えっ」
戸惑う威舞。刹那、一瞬の隙がストレイヴァーに生まれる。敵はそれを見逃さなかった。残された1つのプリズムに赤い光が収束されていく。
「危ない!」
俺はとっさに操縦桿に力を込めた。
「ストレイヴエナジー!!」
前面に粒子を最大展開させ、敵の攻撃を防ぐ。
「くっ・・・!!」
紅い光線と、真紅の粒子がぶつかり合い、激しいエネルギーの奔流が生まれた。衝撃波が孤島上の木々を薙ぎ、海を荒らす。
吹き止んだ時、ヴォルヴは姿を消していた。海中へ逃げ去ったらしい。
「どうして・・・」
攻撃を躊躇した俺を威舞は不思議に思ったらしい。
「見ろ」
俺は右下の画像をモニターにアップで表示させた。この孤島に住んでいると思われる、小さな黒人の女の子が泣いている様子が映し出される。
「あのタイミングで撃っていたら、彼女に当たってた」
「でも・・・」
威舞は不服そうだった。
「任務はヴォルヴの殲滅だった」
やはり威舞は戦う為に育てられてきたのだと思った。意識が集中しすぎているのである。確かにパイロットとして戦士としてその選択は正しいのかもしれない。でも、人間としてもっと大切なことを知ってほしいと俺は心から思っていた。
「こちらウィングストレイヴァー。任務失敗、帰還する」
『了解』
再び飛行形態に変形したストレイヴァーは、暗い闇の中を飛び続けた。月がやけに明るく感じた。
 
67日、日曜日。日本を含めた全世界に今まで伏せられていた情報が解禁された。人類捕食地球外生命体『ヴォルヴ』、対ヴォルヴ特別組織アンチヴォルヴスペシャルフォース『アブサフ』、対ヴォルヴ用決戦兵器『ストレイヴァー』。情報公開は、緊急事態に置ける避難をスムーズに行う事を目的としたものだった。政府や国連はパニックも危惧していたが、アブサフの弓月総司令の『人命には代えられない』と言う意見に押された形となった。
政府の予想に反し、パニックは無い。これらの情報はネット上や、噂などで既にある程度広まっていた為だろう。市民の間でも浸透は早く「何かの間違いだろう」「こんなSFみたいな話はありえない」そんな声が聞こえる事もなかった。
だが・・・
受け入れると言うことが同時に危機感を持つということを意味するとは限らない。人類のほとんどは今まで通りの生活を送っている。アブサフは人類を守る組織である。その目的に間違いはない。だが、平和ボケした人間達が世界の危機に関心を示さない事が良いことだと言えるのだろうか。
 
東京百区の内の小さな都市、あすみ区。住宅街からビル街、レジャー施設など様々な面を持つ都市である。あすみ区立高校は、その都市の中でもごくごく一般的な高校・・・であった。
あの日、グラウンド上に巨大ロボットが倒れる日までは。
510決戦以来休校中であったが、68日に授業が再開される。
「明日か・・・」
俺は部屋の中のカレンダーを見ながらつぶやく。顔を合わせることになる、夕莉やエイジと。ストレイヴァーに乗るところを目撃された2人にどんな表情で会えばいいのか分からない。
まぁ、俺達は仲間。する事は決まっているのだが・・・。
夕莉達は一体どんな表情をするのだろうか?
 

 
68日の学校再開初日。午前中の集会は、昨日テレビで大々的に報道されたヴォルヴ関連に対するもので、再び注意を呼び掛けるものだった。
集会が終わり、放課後。バンドメンバーは三々五々、部室に集まり始める。俺、威舞、夕莉はまず初めに集まった。夕莉は隣の家に住んでいるくせに、こうして目を合わせるのはとても久しぶりだった。連日の出撃で、俺自身あまり家に帰っていなかったからだ。
しかし、何と声をかけたらよいのか分からず、部室内は無言の空気が支配していた。
「悪い、遅くなった!」
ツバサとエイジが合流した。全員揃ったところで、俺は口を開く。
 
「聞いて欲しい事がある」
 
俺は夕莉とエイジに、自分がアブサフの一員になった事を告げた。威舞とツバサの話も俺がする形になる。ただし、自分の気持ちの問題もあってSH計画の事は伏せた。自分と威舞が人工的に創られたものであるということは、あまり知られたいものではない。
『俺はパイロットの適性が認められてアブサフにスカウトされた。スカウトをする為に、ツバサと威舞がこの学校にやってきた』・・・そんな筋書きだ。
「そうか・・・。だからライブにお前は来なかったんだな」
「ああ」
エイジは無言で何かを考えていた。夕莉は俺の事が心配なようだった。
「それは、シュウじゃなきゃダメなの?そのストレイなんとかっていうロボットに載るのは、その・・・他の人じゃ」
ツバサが口を開く。
「適性というのがあって、説明すると長いんですが・・・シュウと威舞が一番上手くストレイヴァーを乗りこなせるんです」
「・・・」
黙りこくってしまった夕莉。俺は夕莉に近づいて、言った。
「俺はもう決めた。守るために戦うって」
長い沈黙が空き教室を、ドリーマーズを包み込む。
重い空気を打ち破ったのは、いつもと同じ、一人の男だった。だが、今日の瞳はいつもと違った。エイジは座っていた机から降りると、口を開いた。
「言いたいことは山ほどある。そういう目的を隠してツバサと威舞が入って来たこと。シュウがずっと黙ってきたこと・・・。オレは隠し事が嫌いだ。特にこのドリーマーズで、隠し事をするのはリーダーであるオレが許さない。いいな」
「ああ」
俺は了承した。ツバサと威舞も頷く。いつもおちゃらけているように見えて、こうした事が言えるのが、エイジがドリーマーズのリーダーである証だろう。
「ツバサ、ここが好きか?」
「えっ?」
「ドリーマーズが好きか、って聞いてるんだ」
「はい。好きです」
ツバサはいつもみたいな笑顔ではなく、真剣な表情だった。
「威舞も、ここが好きか?」
威舞は静かに頷く。
「シュウは?」
俺は、答える。
「嫌いだったら、ここにはいない」
エイジは夕莉に聞いた。
「応援しようぜ、夕莉」
「でも・・・」
「仲間達がやるって言ってるんだ。応援するのが筋だろう?」
夕莉は黙っていたが、やがて静かに頷いた。
エイジはこう言った重い空気を嫌った。彼は仲間達とは明るく楽しく毎日を過ごす事をモットーとしている。だから俺は次にエイジが「じゃ、気分転換に一曲歌いますか!」と言う事も予想済みだった。
「よし!とりあえず歌うぞ」
エイジの言葉に俺は頷く。
「久しぶりですからね」
とツバサ。
皆が手に手に楽器を取った。
その時だった。ツバサの携帯から着信音が鳴り響く。
「はい、こちらツバサ・ハイヴルフ。はい、了解しました」
携帯を切るツバサ。俺も威舞も分かっていた。
「スクランブルです。太平洋上の孤島に残存したヴォルヴが一体出現し、島を荒らしているそうです。国連はアブサフにストレイヴァーの出撃を要請しました」
「わかった。行くぞ、威舞」
首肯する威舞。俺と威舞は教室を出た。ツバサも俺達の後を追い、去っていく。
2人きりになった教室。エイジは夕莉に近づいた。夕莉は机の上に座り込み、溜め息をつく。
「心配か?」
「うん」
「でも、オレ達仲間に出来るのは、あの2人の戦いを手伝ってやることしかないんだ」
「そうかもしれないけど・・・」
夕莉は窓の外を見つめた。
「どうして、シュウじゃなきゃダメなんだろう・・・」
 
午後5時ごろ。デルタキャリアーからウィングストレイヴァーが吐き出される。今回もやはりどこかの孤島にヴォルヴが現れているようだ。どうやら今回は無人島らしいので、前回のような心配はない。
「「ストレイヴァードライヴ!!」」
機体の各所から真紅の光粒子が放出される。
「ファイターモード」
威舞の呟きに反応し、機体が戦闘機形態へと姿を変える。孤島に向かって双翼を煌かせた。
「目標を発見」
案外数が多い。蜘蛛型ヴォルヴが20体近く小さい島の上に群がっている。
「バトルモード」
機体を人型形態に変形させ、ライフルを構えた時だった。機体の横からまるで殴られたかのような衝撃が走る。
「くっ!! なんだ!?」
横のモニターを確認すると、前回逃がした要塞型ヴォルヴが姿を現していた。手足も、甲羅のプリズムも再生されている。
「お出ましか。こちらウィングストレイヴァー。要塞型ヴォルヴが現出。目標を破壊する」
『了解』
了解・・・オペレーターの声が影沢さんでは無かった。違うオペレーターの声だ。では、影沢さんはどこに?
「シュウ」
威舞の声に、俺はハッとして操縦桿を引く。要塞型は俺達に向け砲撃を開始した。
「何度も同じ手は・・・」
「ファイターモード」
威舞は機体を戦闘機形態に変形させ、光の砲撃を避けていく。この要塞型との戦闘も3度目、同じ手は通じない。だが
「危ない!」
俺はとっさに叫んでいた。下からの砲撃である。眼をやると、島の上に群がっている蜘蛛型ヴォルヴも俺達に向け尾の部分から光線を発射していた。いくら運動性能が優れているウィングストレイヴァーといっても、上下から挟撃されては・・・!
『威舞! シュウさん!』
この声、ツバサか!? レーダーに表示された機体名SX-03ASX-04E。まさか・・・
「調整が完了したのか? エクストレイヴァーの」
『はい!』
海上を滑空するような形で島へ向かう紫と緑のエクストレイヴァー。
俺と威舞が搭乗していたSX-03ASX-02Eは本来SH計画によって作られた人間=シュウと威舞にしか操れない機体である。しかし、技術力と戦闘データの蓄積によりストレイヴエナジーの濃度を下げることによって通常の人間でも操縦を可能とした。調整に時間がかかっていたが、やっと完成したらしい。
『こちら影沢。ウィングストレイヴァーは要塞型ヴォルヴを。地上の敵はこちらが叩く』
「了解」
影沢さんは紫色のエクストレイヴァー、SX-02Eに搭乗していた。対するツバサはSX-03Aに搭乗している。機体性能は本来のパイロットである俺達が搭乗した時には及ばないものの、蜘蛛型ヴォルヴに対しては十分だった。
影沢さんの乗る紫のストレイヴァーは二振りの剣を構え、並みいるヴォルヴ達を切り裂いていく。まるで鬼神のようだった。
ツバサの乗る緑のエクストレイヴァーも負けてはいない、長剣を振い、重い一撃をヴォルヴに与えていく。
通常の人間が扱えるように調整されたとはいえ、パイロットの腕が確かなのは間違いない。
「この隙に・・・!!」
威舞はファイターモードで要塞型の砲撃を避ける。砲撃と砲撃の死角に飛び込んだ。
「今」
「ああ バトルモード」
ビームブレードを引き抜き、敵にダメージを与える。
「トドメを」
「ああ、行くぞ」
 
「「ストレイヴエナジー! ドライヴアップ!!」」
 
機体から無尽蔵に紅い粒子が放出される。ファイターモードに変形する機体。そのまま真紅の粒子を纏った機体はヴォルヴを貫いた。この技は強力なエナジー放出量によるものなのか、貫通した必ず爆発する。
砕け散るヴォルヴの巨体。
その瞬間、蜘蛛型ヴォルヴの活動も停止した。
『任務完了だな』
影沢さんの言葉に、俺は力が抜けていくのが分かった。
「帰るぞ、威舞」
「うん」
明るかった空は、茜色に変わり始めた。

 
6月も半ば。要塞型ヴォルヴの撃破以後は、ヴォルヴの出現がパッタリとなくなった。俺は普通に学校に行き、授業を受け、放課後はバンド活動を行う・・・という普通の生活を最近は営んでいる。
しかし、変わったこともある。それはバンド『ドリーマーズ』に新たな仲間が加わったの事だ。ライヴを見て、入部を決意したらしい。
 
619日、金曜日。今日の部室に集まったメンバーは俺、威舞、エイジ、そして新メンバー2人だった。
 
「今日は夕莉先輩とツバサ先輩はどうしたんでしょうか?」
俺に問いかける長髪の女の子。彼女の名は華井真美。
 
とても丁寧な言い回しをする、お嬢様のような子だった。
 
「もしかして、デートとかっすかね!?」
真美とは対照的にお調子者な短髪の男子。名前は木村タケルと言う。
 
タイプ的には、エイジに似ていた。根本的には良い奴なんだが、ところどころ面倒くさい時がある。
俺はタケルの考えを否定した。
「夕莉は今日歯医者だ」
彼女は『歯医者〜痛いの嫌だ〜でも今のままでも痛い〜』との理由で先に帰っていた。毎日菓子食べ過ぎなんだよ。いい気味である。
俺の答えに
「あっ、そうなんスか」
あっさり返答するタケル。
「大丈夫でしょうか?」
心配そうな顔を浮かべる真美。とても心配性なのだ。真美とタケルは人間的に両極端である。
「あの2人のカップリングはまずないからな」
エイジの一言。
「そうなんスか?」
「ああ。ありうるとしたら、やっぱりシュウだろう!な、シュウ?」
「そうなんスか!?」
タケルがこっちにやってきた。
「エイジ!面倒くさい話の振り方するんじゃない。俺と夕莉は幼なじみなだけだ」
「へぇ。そうなんスか」
何故かつまらなそうにするタケル。こいつ面白い事なら何でも食いつくタイプだ。
「そうですよね。てっきり私、シュウ先輩と威舞先輩が付き合ってるのだとばかり・・・」
「違う。それも違う!」
俺は全力で否定した。
「す、すいません」
頭を下げる真美。彼女は特に意図せず言ったのだろう。だからこそ、そうやって見えてるのかと思い俺は焦った。
俺はチラリと威舞を見た。俯いている。その姿は何となく・・・照れているようにも見えた。
「さぁて、練習するか」
エイジの一言で、全員が準備を始める。こういうところはやはりエイジはリーダーとしてしっかりしているのだ。
「はい!」
がぜんやる気を出すタケル。タケルはエイジの『熱い歌声』とやらに感動したらしい。まったく暑苦しいやつが来たものだ。
真衣はキーボードを担当していた。新しい音が入ったことで、ドリーマーズも少しづつ変わりはじめていた。
「じゃあ、行くぞ」
今日のバンド練が始まった。
 
放課後の活動後の帰り道。普段、俺はお隣さんである夕莉と2人で帰るのだが、先程の歯医者の件でいなかった。いつもうるさいやつがいないとすっきりする。もう一度言おう、いい気味である。
しかし、俺は一人ではなかった。何故か? 俺の後ろを威舞がついてくるのだ。完全に俺と威舞の2人きりの帰り道だ。だが彼女は俺の横ではなく、後ろを歩いていく。不思議な光景である。
「なぁ」
耐えきれなくなった俺は威舞に問う。
「どうして俺の後ついてくるんだ?」
「・・・家に帰る」
「・・・なるほど」
あまり深く聞けない。というか、とっさに何と返して良いのか分からなかった。だが・・・明らかにおかしい。威舞はいつもツバサと一緒にどこかに帰っていった。『どこに住んでるの?』と夕莉が聞いても、威舞は答えない。ツバサもはぐらかすばかりだった。恐らく、俺が乗せられた事もあるあの黒塗りの車でアブサフの基地に帰ったのだろう。一応関東だし、自動車を使えばさほど遠い場所でもない。
ツバサと言えば、今日のあいつもどこか不自然だった。バンド練習をそうそうに切り上げ『今日は用事があって・・・』とはぐらかして帰ってしまった。あいつ、いつも笑顔だが、嘘を付くときに若干強張るのだ(ま、嘘が下手くそって事である)。
考えれば考えるほど、俺の後ろをついてくる威舞が怪しい。怪しすぎる。
やがて、俺の住んでいるアパートへと到着した。
「で、どうするんだ。威舞?」
「家にかえる」
「帰るって・・・威舞の家ってどこだよ」
威舞は指を指した。
「ここ」
指の先には俺のアパートがある。
「今日からここ、わたしの家・・・」
「・・・」
俺は、その・・・非常に嫌な予感に晒された。まさか・・・
「あっ、お帰りなさい」
アパートの二階から聞こえた、聞き覚えのある声。
「ツバサ・・・お前」
ツバサはダンボールを抱えて、俺に向かってニッコリと笑い掛けてくる。俺は二階だてアパートが倒壊するような勢いで階段を駆け上がると、ツバサに詰め寄った。
「どういう事だよ!」
「こういうことですよ」
そう言ってツバサは自分が持っている小さなダンボールを示した。そこには『威舞用荷物、衣類』と掛かれている。
「・・・まさか」
「はい」
俺はがっくり肩を落とした。
「わたし、ここに住む」
そう言った威舞の表情は、何故か嬉しそうだった。俺は威舞に聞くことは無駄と判断し、ツバサへと詰め寄る。
「どういう事だ?」
「彼女の言った事が全てですよ」
「本当に・・・?」
「ま、彼女の希望を上層部が受諾した背景には、二人が同時に搭乗する事で出力が向上したストレイヴァーの件があるのでしょう。二人が精神的交流を深める事で、更なる力を発揮してくれる事を上層部は狙っているんです」
「そりゃそうかもしれないけど」
「ちなみに、こう見えて威舞は基地内の整備兵などから最近ではアイドルやマスコットのように可愛がられてはじめていました。もし、シュウが変な事をしたら・・・」
「な、何だよ」
「アブサフ基地を歩く時は背後に十分お気をつけて」
 
と、いう事で・・・。
このボロアパートに、思春期の(威舞って思春期なのか? 言う突っ込みはさて置き)男女が2人で住む事になってしまった。
彼女は小さいちゃぶ台の前にちょこんと座っている。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙である。しかも長い沈黙である。
とりあえず俺は、ちゃぶ台を前に腰掛けた。ちょうど威舞と向かい合うような形になる。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
やはり沈黙である。しかもしかも、長ーーーーーい沈黙である。ちょうど夕焼けの時間帯で、窓からオレンジ色の光が差し込む。掛け時計の針の音だけが聞こえてくる。無言の空気だけが支配する空間。
ダメだ・・・耐えきれん。とりあえず動こう。
「なぁ、何か食いたいものとかあるか?」
「くいたいもの・・・?」
「あー、飯だよ。メシ。夕ご飯何が食べたいかって話だよ」
少し考えた後、威舞が言った言葉は
「おにぎり」
「え?晩飯だぞ」
「シュウのおにぎり、おいしかった・・・」
そんな嬉しそうに言われても・・・晩飯におにぎりは・・・なぁ(そう思うでしょ?読者の皆さん)。
「他は?何か食べたいものないのか?」
「・・・特に」
「威舞、お前いつも何食べて来たんだ?」
「ロシアの時は、保存食や戦闘用の非常食。日本のカロリーメイトに近い」
「そうか・・・」
「でも、日本のカロリーメイトはおいしい」
「日本に来てからは?カロリーメイトしか食べなかったのか?」
「日本のアブサフの基地には、食堂があった。カレーとかそばとか」
俺は少し安心した。一応人らしいものも食べているようだ。
「じゃあ、食堂の中で一番好きなメニューは何だ?俺が作ってやるぞ」
「デザートのオレンジ・・・」
だから、そんなおかずにならなそうな品目を嬉しそうに言われても、困るんだよ!
「他は?」
「・・・いっしょ」
たぶん、何を食べても大して美味しくない食堂なんだろう。学食もそういったものだし、たいていそういう業者は客が減らない事にあぐらをかいて、『美味しいものをつくろう』という努力をしないのだ。
「はぁ・・・」
俺は威舞を見た。俺だって、そんな贅沢なもの食べてきた訳じゃないが、あまりにも不憫だった。旨いものを食わせてやりたい。上手くなくても、ちゃんと人の手で作った温かみのあるものを食わせてやりたい、俺は本気で思ったんだ。
「待ってろ」
そういって俺は小さな台所へ向かっていった。
 
威舞は俺が出したハンバーグに対して目が点だった。
「これ?」
「ハンバーグだよ」
俺のハンバーグはいたってシンプルなものだった。男の一人暮らしなので、ニンジンを煮たやつや、ハッシュドビーフといったお洒落な添え物はない。男は黙っ
てハンバーグ!そして白飯!それだけだった。
威舞は黙って箸をとって(フォークとナイフなんぞこのアパートにはないので)ハンバーグに手を付けようとした。
「ちょっと待って」
「?」
俺の突然の制止に戸惑う威舞。
「食べる時は必ず『いただきます』って言うんだ」
「『いただきます』?」
「そう、『いただきます』だ。じゃ、行くぞ」
せーの
「「いただきます」」
威舞は言った後もポカンとした表情をしている。
「どういう意味があるの?」
『いただきます』という行為の意味を求める威舞。
「これは作ってくれた人に対して『ありがとうございます。食べさせていただきます』っていう感謝の意味があるんだよ」
「でもシュウは自分で作ったのに、シュウは自分に感謝するの?」
俺は首を振った。
「このハンバーグには牛が使われている。牛を育てた人、そしてこれから食べる牛そのものにも感謝の気持ちを込めるんだ」
彼女は無言ながら感心するような表情を浮かべている。
「食事をする時は必ずこうやって『いただきます』って言うと良いよ」
こういった基本的なことから教えていけばいいんだ。
ハンバーグに箸を付け、口へと運ぶ威舞。
「おいしい・・・」
威舞は何度も箸を口へと運んだ。
「シュウ、おいしいよ・・・これ」
「ハンバーグな」
「ハンバーグ・・・」
威舞は嬉しそうにハンバーグを食べた。口をもぐもぐと動かす。
「ハンバーグ・・・ハンバーグ・・・おいしい」
「ほら、ご飯もちゃんと食べろよ」
威舞は美味しそうにハンバーグを食べ続けた。これで彼女はまた『人の心がこもったご飯の美味しさ』を知っただろう。こうやって少しづつ人らしくなっていけばいい。俺はそう思った。
 
さて・・・。
俺は風呂などの難関を何とかクリアしたが、またしても頭を抱えてしまった。寝床である。通常、当たり前だが俺は畳に布団を敷いて寝る。予備の布団があるので、スペース的にギリギリではあるが、横に二つ並べることは可能だ。
しかし倫理的観点からいって、どうしても気が退ける。まるで新婚の夫婦ではないか。
「うーん」
頭を抱える、俺。
「うーん」
頭を抱える、俺。
「うーん・・・?」
それを見ている、威舞。
「「うーん・・・」」
何故2人で唸っているんだ。アホらしい。
やはりあれしかない。俺が押入の中で寝る。某ネコ型ロボット方式である。俺は畳の上に布団を敷くと、もう一つの布団を押入の中に広げた。
「何してるの?」
「俺が押入の中で寝て、威舞はこっちの布団で寝るんだ」
「・・・」
黙る威舞。まさか、同じ布団で寝るのを期待していたのか・・・?
やめろ、下からそんな目で見上げるんじゃない。ヤバい、ドキドキして来た。
「どうして?」
「え、えっ?」
「どうして、布団じゃないの?」
どうしてって・・・
いろいろな・・・その、思春期男子特有のsomethingな感情(文字に起こすとヤバい)が心をかき乱しはじめる。
欲望vs理性の激突。
威舞、顔が近い・・・!近いってば!!
彼女の唇がゆっくりと動く。そして・・・
 
「シュウ、狭いところ好きなの?」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「部屋もせまいから、せまいところ好きなのかなって」
威舞の目は、ただ疑問を解決しようとする目だった。
「いや・・・まぁ・・・」
俺は開き直った。
「そうだよ。俺は狭い場所が好きなんだよ。悪いか!!」
「・・・そうなんだ」
威舞・・・お前今、笑ったか?
少なくとも、威舞の口元は笑ったように俺には見えた。今までだって威舞は、微笑みのようなものを浮かべた事はある。でも今のは少し違った。何か、友達同士で話していて、バカをやって自然に笑ったような・・・そんな感じ。
「威舞、お前・・・」
「何?」
本当は『やっと笑ったな、お前』と言いたかった。だけど俺は敢えてその感情を胸の中に留めた。笑うことは特別な事ではない。今話して、変に意識するようになるよりかは、自然に笑いを俺が引き出していけばいいんだ。
「何でもない」
「・・・」
「ほら、早く寝ろ。明日は学校だぞ」
「うん」
こうして俺の1日は幕を閉じた・・・はずだった。
 
寝れないのである。狭い押入の中だからではない。戸を一枚隔てて聴こえてくる、威舞の寝息。さっきの一件もあってか、俺の心のドキドキは止まらない。俺は低い天井、ぼんやりと暗闇を見つめる。
俺はふと、考えた。
「威舞の事、俺は・・・なんて考えてるのだろう」
正直、よくわからない。最初は兄妹のようなものだと考えていた。同じ生まれな訳だし。ただ、遺伝子情報的なものから言うと血は繋がっていないはずだった。だからさっきはドキドキしたのだろうか。女として意識してしまったのだろうか。
それとも・・・
最初から女として意識していたからドキドキしたのか。
俺は威舞の事を・・・好きなのだろうか?恋愛対象と考えているのだろうか?
 
「いや、そんなこと・・・」
 
俺は首を振った。
あくまで威舞は兄妹のような存在だ。だから妹には人間らしくなってほしい、明るくなってほしい・・・だから、俺は今こんなに頑張っているのだ。
俺はそう思う事にした。
「よし、寝よ」
無理矢理目を閉じる。
 
威舞は妹。
・・・そう思わなくては、一緒に生活なんて出来ないから。

 
目覚ましい時計が鳴り響く。いつもより反響して聞こえると思ったら、押入の中だからだった。
俺は時計に打撃を加えるようにして、鳴り響く音を停止させた。
小鳥のさえずりのような声が聞こえる。俺の中の意識が目覚めていくのが分かった。どうやら朝を迎えたらしい。
「すぅ・・・すぅ・・・」
寝息が聞こえた。俺の寝息か? いや、既に俺は起きている。そうか、威舞の寝息か。昨日ここにやってきて、住むって・・・。あれ、それにしては寝息が近いような・・・
「って・・・えーーーー!!!」
威舞はせまい押入の中に入っていた。俺の上に乗るような形で寝ている。
「ちょっと、威舞!!」
俺は威舞をどかそうと声を掛けた。すると威舞は
「はんばーぐ・・・」
ダメだ、完全に寝ぼけてる。
「そうじゃなくて、起きろって! 何でこんなところで寝てるんだよ!」
「じゃあ、おにぎり・・・」
何で食い物なんだよ・・・。
その時だった。
 
ピンポーン。
 
インターホンの音。まさか・・・
「おはよーー!! 今日はちょっと早起きしてみたよ! もう虫歯なおって元気百倍! 朝って気持ちいいねーー!!」
何故今日早起きをした!? タイミング悪すぎだろう。
別に慌てることはない。そう思おうとした。威舞は俺の家に泊まっただけ。俺は何もしていない。夕莉は俺の彼女でも何でもない。全てOK、問題なし!
でも、そんな事を夕莉が理解するとも思えない。アイツは勘違いしてきっとキレる。
「ねー! シュウ、ドア開けてよ! シュウならこの時間もう起きてるでしょ?」
ええ、起きてますとも。がっつり起きてますとも。
「シュウ〜?」
ドンドンとドアをたたく音。このままだと余計に怪しまれる。仕方がない。
俺は自分の上の威舞を何とかどかし、押入の戸を閉める。玄関に向かい、チェーンを外すとドアを開けた。
「やぁ夕莉。おはよう!」
「おはよー。どうしたの?」
「どうしたのって、何がだい?」
「やけに爽やかだなって」
「当然じゃないか。こんなに空が晴れているんだから。心も体も清々しいのさ」
「変なシュウ」
「変な訳ないだろう! 夜霧シュウはいつもどうり爽やかなのさ。じゃ、そう言う事で」
「ちょっと! なんでドア閉めようとするの」
「朝の挨拶をしに来たのではないのかい? 夕莉君」
「いや、一緒に学校行こうと思ってだけど」
「どうりでこんな早くから制服な訳か。しかし、まだ登校までかなり時間があるだろう」
「朝ごはん作るよ」
「ちょっと待った〜! 何故そんな簡単に人の家の敷居を跨ごうとする!!」
「シュウの家だから」
「なんだその理由は。こら、あっさり入ろうとするな!」
「何でスラダンみたいなブンブンディフェンスするの」
「俺はそんなことはしていない」
「ふーん。今急にやめたけど。なんか今日のシュウおかしいよ」
「おかしくない」
「おかしい!」
「おかしくない!」
「おかしい!!」
「おかしくない!!」
 
「どうしたの? シュウ・・・」
 
「・・・」
「・・・」
最悪だった。
俺の背後には乱れたパジャマ姿の威舞が立っていた。
「・・・シュウ?(怒)」
「いや、これは・・・そう、夕莉が考えているようなことは俺はしてない。威舞はたまたま今日だけうちに泊まったんだ。そう、そうなんだ。そうなんだよ。俺だってびっくりなんだよ」
「きょうだけじゃない、わたし、ここにこれから住む」
だから・・・どうしてそんなこというのかなっ!! この状況で!!
 
「シュウ・・・!!(怒)」
 
「違う! 断じて違う!」
「何が違うのよ!」
「違う!」
夕莉の強烈なアッパーカットを、俺はもろに喰らってしまった。
平穏な住宅街に、とてつもない悲鳴が響き渡ったのは620日、土曜日の事である。

 
なんとか俺は朝を切り抜けることが出来た。何だよ、あの早朝修羅場は。本当に、夕莉の拳で天の川を渡る一歩手前まで行きましたとも。
ええ。ある意味ヴォルヴと戦ってる時よりも怖かった。
というか、威舞が来てからの俺はどうもおかしい。
自分の性格は比較的落ち着いているほうだと思っていたが、何故か最近叫んだりしていることが多くなっている気がした。
今日は土曜日。午前授業だった。
授業の間も夕莉はずっと黙ったままだった。いやペンを一本、書きながら折っていた。クラスの皆も夕莉から余りある負の感情を感じている。『アレに声をかけたら生命の危険にさらされる』と思い、夕莉には誰も声をかけなかった。
そして、放課後のバンド練習。
相変わらず夕莉は怒ったままだ。今日は昨日と違い、全員が揃っている。さすがにメンバー全員(威舞除く)が、夕莉の怒り具合を察した。
アイコンタクトを交わす。
(エイジ:どうしたんだよ? 夕莉何でこんなにキレてんだよ? タケル、お前何かやったろう!)
(タケル:やってないっスよ! 夕莉先輩にちょっかいなんて出したら首いくつあっても足りないっスよ!)
(真美:でも、流石に今日はおかしいですよ。というか、怖いですよ)
(エイジ:ツバサは? 何か知らないのか?)
(ツバサ:恐らく・・・シュウ?)
(俺:すまん。ツバサの想像通りだ)
(ツバサ:・・・まずいですねぇ)
(俺:ああ。まずい)
(エイジ:どうしたんだよ。二人だけでアイコンタクト取るなよ!)
(ツバサ:ええ・・・いや・・・えーっと・・・)
 
アイコンタクトだけが情報交換のツールだった無言の空気を、1人の少女が破る。
威舞だった。
 
「みんな、どうしたの?」
「・・・」
「いつもさわがしいのに、どうして今日は静かなの?」
刹那、夕莉の中の何かが弾けた。
 
「・・・アンタが・・・、威舞がシュウの部屋に泊まったからでしょうがぁぁぁぁっ!!!!」
 
威舞、ツバサ、俺を除くメンバー「えーーーっ!?」
タケルはいきなり俺の方に寄ってきて
「シュウ先輩やりますねぇ!!」
真美は顔を赤らめ
「まだ、高校生なんですから。そういうことは・・・」
そして我らがリーダー、エイジは
「どういうことだ。シュウ!?」
と、ちょっとマジ気味な表情。
(夕莉も威舞もバカやろう! これ以上話をややこしくしやがって・・・!!)
部内全ての視線が、この俺に集中する。逃げ場がなくなっていった・・・その時。
「あの!!」
ツバサだった。
「えっと、皆さん誤解しています」
「えっ?」
「その・・・シュウさんはいかがわしい事をする為に威舞を部屋に呼んだのではなく、威舞がシュウさんの家へ行ったんです」
エイジはツバサに訪ねた。
「どういうことだ?」
「つまり・・・ホームステイなんです」
「ホームステイ?」
ツバサはその後もバンドメンバー達に説明を続けた。威舞はシュウの家へホームステイするという内容だ。正直、矛盾や謎はいくつもあるが、何とか説明づけることが出来た。
一同は何とか納得したようだった。ツバサは唯一納得していなさそうだった夕莉に尋ねる。
「・・・分かっていただけましたか?」
少しの沈黙の後
「・・・分かったよ」
と、言ってくれた。
ひとまず、俺は胸をなでおろした。
「シュウ」
エイジの名を呼ぶ声に俺は振り返る。
「?」
「もう一度聞くが、威舞とは何でもないんだよな?」
「もちろんだ」
「そうか、分かった」
エイジはいつになく真剣な表情をしていた。何故そんな顔をしたのか俺には分からない。エイジは威舞の事を意識しているわけでもなさそうだし・・・。
俺の疑問などつゆ知らず、エイジはいつものように明るい声で話をまとめた。
「じゃ、問題解決だな!」
「ですね」
夕莉はいまだに腑に落ちない表情をしていたものの、とりあえずは一件落着した。
「さて、バンド練習! といきたいところだが、その前にみんなに俺から提案があるんだが」
「「「?」」」
エイジは口を開いた。
 
エイジの提案。それは、新入部員2人、そして威舞やツバサの歓迎会を行うという事。そう言えばなんだかんだバンド練習で忙しかったせいもあり、威舞達の歓迎会をやっていなかったのだ。
今週の日曜日、皆でどこかに遊びに行こうということになった。
621日、日曜日。威舞が映画を見たことがないというので、ドリーマーズの面々で映画を見に行くこととなった。
エイジ(そしてタケルは)は当然の如く『特撮〜』とダダをこねたが、今更なので一同で無視。
結局、夕莉の提案でケータイ小説が原作の恋愛映画を見ることになった。
「シュウ泣くんじゃないの〜?」
と、絡んできた夕莉。俺は鼻で笑った。
「泣くかよ、こんな映画で」
チケット買い、中に入る。俺の右隣は夕莉。左隣は威舞だった。夕莉の隣にはエイジ。威舞の隣はツバサ。ツバサの隣に真美とタケルという配置だ。俺は夕莉と威舞に挟まれる形となる。
「なんかハーレムみたいですね、シュウさん」
エイジやタケルではなくツバサからその台詞が出てきた事が意外だったが、最近のツバサは砕けてきたからさほど驚きもしなかった。
ま、とりあえず
「そんなんじゃねぇよ」
と軽く否定しておく。
辺りが暗くなり、映画が上映され始めた。
 
数時間後。
 
「・・・くっ、くっそぉっ・・・」
俺は、号泣だった。三角関係のよくある話だったが、主人公のタカユキという男があまりにもだらしなく・・・2人のヒロインが可愛そうで仕方ないのだ。
上映を終え、映画館を出る一同。
「やっぱりボロ泣きじゃない!」
そら見ろと言わんばかりの表情で夕莉は俺を見ている。
「夕莉だって泣いてるじゃんか」
「あたしは女の子だからいいの!!」
「ったく・・・ん?」
ふと見ると、エイジもタケルも真美も泣いていた。意外にもツバサも泣いている。
(ドリーマーズって涙腺弱いんだなぁ・・・)
感情の塊みたいなエイジはさておき、ツバサが泣いている事には少し驚いた。
「たまには良いものですね。久しぶりに僕も泣いてしました」
こいつも泣いたりするんだな、と思った。当初の二面性を見ていた俺は、本当のツバサ・ハイヴルフという男は冷静なアブサフのパイロットだと考えていた。だが、最近の彼はどうも違う。当初は俺を説得する為だけに来たはずのこの環境・・・ドリーマーズというバンドを楽しんでいるようでもある。なんだかんだ言っても俺達と同い年の少年なんだ。
 
「どうして・・・?」
 
威舞の声に俺はふと振り返った。威舞は不思議そうな表情で俺達を見回す。
「どうしてみんな泣いてるの?けがでもしたの・・・?」
彼女には悲しみという感情がわからないのだ。だから、泣くこともない。彼女にとって涙を流すという行為は、負傷した人間が痛みを訴えるものなのだ。だから彼女の眼から見た俺達はきっと不可解な存在なんだろう。
「あれ、威舞ちゃん泣かなかったの!?こんな良い話で?」
夕莉は驚いたように威舞に駆け寄る。
「彼女のいた地域では、三角関係というのがあまりないですから」
と、よくわからないフォローをツバサが入れた。
「でも・・・」
「そういうこと。感性は人それぞれなんだからな」
俺も夕莉にこれ以上何も言わせないようにする。エイジがなんとなく空気を察したのか、それとも腹が減っただけなのか
「よし、飯でも食い行こー!!駅前のサイゼリヤだー!!」
の一言でこの話題は終わった。
夕莉一人が、腑に落ちないような表情を浮かべていた。
 
その後、俺達は日が暮れるまで遊び倒した。
昼飯を食べ、ボウリングをし、カラオケで歌った。
『スーパータケルショットッ!!』とか『ハイパーエイジブレイカーっ!!』とか叫びながらエイジとタケルはボウリングをやるので、自分としては恥ずかしくて仕方なかった。しかし、叫んでいる割にガーター続出で、エイジとタケルはボウリング下手くそだったから、ギャップで笑ってしまった。驚いたのが、ボウリング初体験と言うツバサがかなり上手かったこと。やはりパイロット、バランス感覚のようなものは良いのだろうか?
と、思ってツバサを見ていたが・・・逆にカラオケでの彼の音痴具合は半端なかった。
人それぞれ得意不得意があるんだな・・・と思ってつい俺は笑ってしまう。
真美は歌が上手だった。聞けば、両親は合唱の先生だとか。本当は合唱部に入る予定だったらしい。
なんか、こんな部活に引っ張り込んですいません・・・。
タケルとエイジはさすがボーカル。やっぱり声量もあるし、歌唱力もある。2人で歌うと迫力のようなものがあった。
 
・・・と、まぁこんな感じで一日は過ぎ去った。
 
皆一様に楽しそうだった。
タケルや真美とも交流できたし、各メンバーの意外な得意、不得意分野を知ることが出来た。歓迎会は成功と言えるだろう。
それは、威舞にも言える。確かに、大爆笑と言うようなことは出来ないが・・・最初のころに比べて微笑みとも言えるようなものが出来るようになっていた。
俺はそれがとても嬉しい。
ただ・・・
 
あの、映画の時に涙を流せなかった威舞の顔が、俺の心に強く残っている。
「・・・涙、か」
俺は威舞との帰り道、ふと呟いた。

 
6月末。俺はなんとか威舞と2人の生活にも慣れる事が出来た。
ヴォルヴも相変わらず現れる事もない。アブサフはヴォルヴ本隊の襲来に備えている。
学校で、仲間達と過ごす時間も変わらず穏やかなものだった。ただ、エイジが最近バンド活動を時折休む・・・いや、バンドだけでなく学校を休む事も多くなっていた。理由はよく分からないが、この間聞いた時は『俺、バカだから夏風邪ひいたかも』などと言っていた。エイジのことだから嘘とかはつかないと思うのだが・・・。
何はともあれ、俺達は平和な日々を過ごしていた。
ただ俺にはどうしても気になっている事があって・・・。
 
72日、木曜日。毎週木曜日はストレイヴァーによる対ヴォルヴのシュミレーション訓練が義務づけられていた。放課後にアブサフ基地に集まった俺、威舞、ツバサの3人は訓練をこなす。
訓練終了後、威舞はツバサと弓月総司令の元へ行った。
1人になった俺は基地内のキャットウォークを何となく歩いていた。シュミレーターを出てすぐだったので、あのピッタリとしたパイロットスーツのままだ。最初着た時には違和感もあったが、今は感じることはない。慣れだろうか。
「ん?」
俺は整備されているストレイヴァーの足元を見つめた。沢山の技術者達が機体を整備してくれているのだがその中に・・・。
俺は眼を細めた。
「気のせいか」
「どうかしたのか?」
その声に俺は振り返る。影沢さんだ。
「いえ、別に」
「そうか」
彼女と俺はストレイヴァーの整備を見守るようにして、会話を交わし始めた。
「夜霧、飲むか」
影沢さんは缶コーヒーを俺に手渡す。軽く会釈し、コーヒーを受け取る。
「シュウでいいですよ。みんなそう呼びますし」
「今度からそう呼ぼう。訓練はどうだ?」
「あくまで訓練・・・ですね」
影沢さんは苦笑する。
「言うな」
「だって、実戦で死にかけましたから。張り合いがなくて」
「だが、訓練で出来ない事が実戦で出来る訳がない。しっかりこなしておけよ」
「はい」
影沢さんの言葉にはどこか重みがある。
「そういえば、今は威舞と住んでいるそうだな?」
「・・・まぁ、はい」
「好きなのか? 彼女の事が」
俺は首を横に振る。
「違いますよ」
「嘘をつけ」
「本当ですよ」
「私はてっきり、威舞に惚れ込んだからアブサフにやって来たものとばかり考えていたが?」
「まぁ、威舞の事が気になって・・・って言うのは本当ですけど。それは、なんていうか・・・妹に対してみたいな感情なんです」
「そうか・・・」
予想が外れて、ちょっと居づらくなったのか。影沢さんは缶の中のコーヒーを飲み干す。
俺はちょっとおかしくなって、笑ってしまった。
「何がおかしい」
「いや、影沢さんってこういう話するんだなって」
「こういう話とは?」
「恋バナみたいなヤツですよ」
「するさ。私だって一応女だ。恋だってしてきた」
「へぇ」
俺はますますおかしくなって、笑ってしまう。失礼なことは十分に分かっているのですが。
「そんな、笑うな!」
俺の笑う姿を見て恥ずかしくなったのか、頬を赤らめる影沢さん。普段が凛々しいせいか、とても可愛らしく感じた。
「すいません。でも俺、影沢さんの事をもっとクールにとらえてたから」
「クールでも、恋くらいする」
影沢さんは缶コーヒーをゴミ箱の中に投げ入れる。あの狭い円の中に一回で入れていた。
先ほどとは違う、冷静な表情で影沢さんは口を開く。
「威舞は、兄とは思ってないかもしれないぞ」
「えっ?」
「威舞は兄としてではなく、お前に恋しているのかもしれない・・・と言う事だ」
「そんな事、ある訳が・・・」
「ある訳がないと誰が決めた?それはお前の視野からだろ?」
・・・確かに。
「狭い視野は時として命取りになる。恋も戦場も一緒だ」
少し考えてから、俺は口を開いた。最近ずっと考えていることを影沢さんに訪ねる。
「あの、折り入って相談したいことがあるんですけど・・・」
「何だ?」
俺は話を始めた。
ここ数日ずっと考えていた威舞の涙について。どうしたら、威舞に感動を教えられるのかを。

 
73日、金曜日。バンド練習後、威舞には先に帰ってもらい、俺はある場所であるものを大量に借りてから帰宅した。
「ただいま」
帰ってきた俺に対して、無言の威舞。
「人が帰った来たら?」
「おかえり」
「良く出来ました」
家に帰ると、必ず威舞はちゃぶ台の前にちょこんと正座している。威舞は必ず部屋で一人の時はこのスタイルなのだ。微動だにせず、一点をただ見つめているその姿はまるで人形のようだった。
何となく滑稽である。
俺は大きく膨らんだ青い袋をちゃぶ台の上に置いた。
「何?」
「これはな」
俺は袋から透明なケースを取り出す。
ケースの中にはDVDが入っていた。レンタルショップ・タツマで借りてきたものである。
「威舞は、映画はこないだの見たのが初めてだろう?」
首を縦に振る威舞。
「だからもっといろんなのを見た方が良いと思ってさ」
『感動的』の触れ込みのある作品ばかりだ。実際俺自身も見たときに胸にグッと来た作品を選んでいる。
映画からテレビ、アニメまで幅広く借りてきた。
「後で見ような」
威舞は再び首を縦に降った。
 
威舞は夕莉とゴタゴタがあったあの朝以降も、よく押入の中に入ってきた。理由を聞くと、『わたしもせまいところ、いたい』とか『シュウだけズルい』などと言い出す始末。結局押入にはお互い立ち入り禁止し、布団を横に並べて寝るようになった。
威舞はすぐ寝てしまうが、俺はそうもいかない日々が続いている。いろいろな意味で。好きとか好きじゃないとかにかかわらず、同年代の女の子が横で寝ているのはドキドキものだ。
だが、今日はちょっと違った。威舞は俺が借りてきたDVDを食いつくように見ている。もう0時過ぎ。
「さすがにもう寝ろよ」
「みてる・・・」
威舞はテレビの前から離れない。
「仕方ないな。俺先寝るから。おやすみ」
「・・・おやすみ」
俺は威舞より先に床についた。
 
翌日。土曜日。威舞と2人で通学路を歩いていた。
が、明らかに威舞の様子がおかしい。
「本当に大丈夫か?」
威舞の目の下にはくっきりと黒い痕が出来ていた。
「だいじょうぶ・・・」
とか言いながら、むちゃくちゃ足ふらついてるじゃないか。どう見ても無理な夜更かしをして、クマ作った感じである。
「慣れない事するからだよ」
威舞は普段夜10時には寝ていた。人間、慣れない事をすると必ず身体に返ってくるものである。
「あ・・・」
威舞が足を止めた。
「どうした?」
「うみ、いきたい」
威舞は呟いた。
「海?」
詳しく聞くと、どうやら昨夜のDVDで初めて海というものを見たらしい。いや、正確には初めていう訳ではないらしいが。とにかく海という場所に行きたいと言うのだ。
俺は微妙に困った。
「えーっと、泳ぎたいのか?」
威舞は首を横に振る。
「みたい」
「分かった。なら行くか、海」
威舞は嬉しそうに頷いた。
実を言うと、威舞の目的が海を『見る』事で俺はホッとしていた。何故なら、俺は・・・
「でも、うみに入ってみたい」
「却下」
「どうして?」
「えっ」
「どうして?」
威舞は疑問に思うと、こうして必ず聞いてくる。まるで小さい子供だ。今までが今までだったから、新しい事を知りたくて仕方がないんだろう。
だからこそ・・・俺は困る事が多い。
「どうして?」
「言えない」
「なんで?」
「俺がカナヅチだからだ!はっ、言っちゃった」
くそっ・・・上手く隠すつもりだったのに。俺とした事がしゃべってしまった。
俺は昔からスポーツも勉強も、もちろん歌や楽器もそれなりに出来た。
だけど・・・
泳ぎだけは、どーしても出来なかったのだ。人は陸の生き物だ。どうして自分のテリトリー外に行かなくてはいけないんだ。
俺のカナヅチ宣言に目を点にしている威舞。やっぱりバカにするよな、威舞も俺の事。
 
「・・・カナヅチって、なに?」
 
学校までの道のりは、自分の弱点の説明という非常に恥ずかしいものに費やされる事となった。
 
放課後のバンド活動が終わった。今日もエイジはいなかったので、一応俺がリーダーのように練習を仕切っていた。別に苦でないのだが、慣れない事をしているせいか非常に疲れた。こんな事をいつも(しかも心底楽しそうに)やっているエイジは心からスゴいと思う。バカにしながらも、俺は何だかんだ言って一つ年上のあの男を尊敬していた。
帰り道。俺と威舞との3人で帰るのが気まずいのか、夕莉は真美を連れて『買い物がある』とどこかへ行ってしまった。
俺もそこまで鈍感じゃない。夕莉が俺に対して、どんな感情を抱いているかぐらい知っている。だから威舞と一緒には居づらいのだろう。気持ちを知っていても、俺にとって夕莉は『幼なじみ』でしかなかった。正直、どうしようもない。最近、昔のようにお互い接する事が出来なくなりはじめていた。
俺はただ、仲良い仲間のままで良いのに・・・。
「どうしたの?」
隣を歩く威舞がこっちを心配そうに見ている。
「悪りい、ちょっとボーっとしてて」
「だいじょうぶ?」
「その言葉、そのまま返してやるよ。午前中の授業全部寝て、午後のバンド練習ミスばっかで」
「・・・」
「眠いんだろ?」
「ねむくない」
「嘘つけ。今日は早く寝ろよ。明日早いんだからな」
話をした結果、明日の日曜日に海に行くことになった。泳ぐのではなく、お弁当を持って軽いピクニックに行くような感じだ。海水浴場ではなく、人が少ない綺麗な海に行くことにしたので、ちょっとばかし朝が早い。
朝早いって事は、お弁当も早めに起きて作らないとな。
「そうだ、お弁当何食べたい?」
「おにぎり」
「・・・そればっかだな、お前」
「わたし、作る」
「何を?」
「おにぎり」
「・・・えっ?」
俺は驚いた。威舞が料理を作るなんて、想像がつかない。
「本気か?」
頷く威舞。
「このあいだのシュミレーターのとき、影沢さんにきいた」
だから影沢さん、俺にあんな事聞いたのか・・・。
(ま、威舞が自分から何かしたいって言ってるのに、頭から否定するべきじゃないしな)
といった、とても保護者的考えを経た後、
「いいよ。威舞が作ってみろよ」
と、威舞の提案を了承した。
威舞は強く頷き、眼を輝かしている。
でも何故だろう、俺は微妙に嫌な予感に駆られていた・・・。

 
深夜。
物音に気づき、俺はそっと目を開く。布団の中からそっと様子を窺った。
威舞が台所に向かっている。小さな電球のみに照らされている、薄暗い中で必死に手を動かしている姿が目に入ってきた。俺に背中を向けるような形なので、何をやっているのかまではよく分からないが、それでも四苦八苦していることだけはわかる。
俺は布団から出て、手伝いに行こうと思った。だけど・・・
「頑張れ」
小さく呟くと、そっと俺は布団の中へ戻った。
 
朝。太陽が上がった直後くらいに、俺達は家を出た。向かうは静岡、赤村海岸。
電車に揺られながら、俺達は目的地を目指した。太陽の光が電車の窓越しに俺達を照らし出す。
威舞は眠たそうだった。首がこっくり前後に動いている。しかし、動くたびにハッとした感じで起きようとするのだ。
「寝てていいんだぞ」
「ねない」
「どうして?」
「ねすごしたらたいへん」
「眠たくないのか?」
「ねむい・・・たくない」
明らかに無理していた。でも、威舞は楽しそうだった。威舞の瞳は眠たさと同時に、今日のこれからを楽しみにする輝きを帯びている。
 
どれくらいの時間がたっただろうか・・・?
 
「ついたな」
俺と威舞は電車を降りる。駅を出ると、その透き通るような景色が眼の中に飛び込んで来た。
「きれい・・・」
海である。白い浜辺にゆっくりと波が打ちつけている。
穴場というだけあって、人はほとんどいない。俺と威舞の二人だけだ。
「きれいだな」
しばらく俺と威舞はぼーっと海を眺めていた。
その後、少し浜辺で遊ぶ。遊ぶといっても、軽く海に足をつけたりするものだ。水着を持って来ていない(こさせない)から、泳ぐといったことはしなかった。
しばらく水遊びを俺と威舞は続けた。威舞にとって海は初めての場所。彼女の瞳はとても輝いている。
その好奇心は半端なものではない。
いきなり海水を飲んだ時はびっくりした。
「何してるんだよ!」
「水なのに、しょっぱい」
「そりゃそうだよ。海水だし」
「かいすい・・・?」
そっか、知らないんだよな。
「えっとな、俺もそんなに詳しい訳じゃないんだけど」
俺はしゃがむと波が打ち寄せる浜辺の当たりをあさりはじめる。何をするのかと威舞も俺の横に寄ってきた。
「ほら」
俺は威舞に示したもの・・・貝だった。
「こんな風に、海には沢山の生き物がいる。だからしょっぱいんだ」
「生き物・・・?」
「そう。生き物だ」
威舞はまじまじと貝を見つめた。
「生きてるの?」
「そう、この貝も生きてるんだよ」
「・・・私も、生きてる?」
「何言ってんだよ。当たり前だろ?」
威舞は何か考えてるように、広い海原を見つめていた。遠く見つめる澄んだ瞳は、何か深いものを考えて・・・いや、感じているようだった。威舞は何を考えているのか分からない時がある。それは、考えているのではなくて、起きている事を感じているのではないだろうか?
威舞の憂いとも幸せともつかない表情に、俺は吸い込まれていくような気がした。
 
しばらくして、威舞がお弁当を食べたいと言い出した。まだ少し早かったが、威舞が
「食べたい」
と言うので、仕方がない。なんだかんだいって威舞は頑固なところがある。決めた事はなかなか曲げないのだ。
 
威舞は弁当箱のふたを取る。中に入っていたのは、その・・・何か、だった。
「これは・・・」
うーん。一言で言うなら『黒いいびつな形の大きめの球体』だ。前段階で『おにぎり』ということを知らなかったら、正体に気づく事はないだろう。
「(じーっ)」
威舞はこっちを見ている。しかも、かなり真剣な眼差しで。
(食べろって事か?)
俺はおにぎりを手に取り、口に運んだ。
俺は呟く。
「ま、普通・・・だな」
おにぎりでそう味が変になるものでもない。見た目はかなり難有りだが、味はまぁ普通だった。
「おいしい?」
「普通だ」
「ふつう?まずいの?」
「だから、普通」
俺が答えると、威舞はなんか寂しそうな表情を浮かべる。ってか砂浜に『の』の字を書き出した。拗ねてるのか?
でも・・・そうだよな。夜通し頑張って作ったんだもんな。
「頑張ったな」
「?」
「夜、頑張って作ってくれたんだろ?ありがとう」
威舞は嬉しそうに頷く。
「ほら、威舞も食べようぜ。俺一人じゃ食いきれない」
このおにぎり、一個一個がデカい。その上四、五個もゴロゴロと入っているので一人じゃ食いきれそうになかった。
威舞もおにぎりを手に取り、むしゃむしゃと食べ始める。威舞の小さい手がこの巨大おにぎりを持つと、バスケットボール抱えているみたいだった。
「今度、もう少し小さいおにぎりにしような」
「でも、作ってるとこうなった」
不器用なんだな。威舞・・・。
「じゃあ教えるよ。おにぎりの結び方」
威舞は口をもぐもぐさせながら、首を縦に降った。
 
STRIGVER 第?章 破滅〜CATASTROPHE〜 20.
エンディングイメージテーマ
茅原実里/そのとき僕は髪飾りを買う
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おにぎりも食べ終え、人通り遊び終えると俺達は防波堤の上に腰かけていた。
日も落ち始め、目の前には茜色の空が広がっている。あれは、カモメだろうか・・・夕焼けに向かって羽ばたいている。
「楽しかったか?」
「うん、楽しかった」
しばらく、2人で夕焼けを見つめている。とても綺麗だった。
「・・・ありがとう」
「えっ」
俺が威舞の声に横を向いたとき、威舞の頭は俺の左肩にもたれかかってきていた。瞳は閉じている。
「昨日、頑張ったんだもんな」
徹夜でおにぎりを作ってくれた。慣れない手で、俺に作ってくれた。
「ありがとう・・・か」
感謝の言葉。
「どういたしまして」
俺は呟き、彼女を見る。その静かな表情・・・戦う為に作られたものだとは到底思えない、穏やかな寝顔。
「この平和が・・・ずっと続いてくれれば・・・」
俺、夜霧シュウは、暁の空に祈った。

 
海に行ってから数日がたった。相変わらず俺は、威舞に『涙』や『感動』を教える為に、様々な映画やテレビのDVDを見せている。
しかし、その為にある弊害が起きた。
79日、木曜日。俺はアブサフの基地内を走っていた。木曜日の定期シュミレーター訓練を終え、ある人に会う為である。
「影沢さん!」
見つけた。影沢さんは自動販売機の前で缶コーヒーを買おうとしていた。俺は、彼女に相談があって基地内を走り回っていたのだ。
「どうした?」
「ちょっと、お話したい事があって」
「最近、良く話すな」
「いや、なんて言うか・・・影沢さん、話しやすいんですよね」
そう、俺の周りに居る年上で相談できる人と言うと限られてくる。エイジは一年上だが、どっちかと言えば友達だ。それに学校などの一般の人にはあまり威舞の事は相談しずらい。かと言って暮乃とか言うやつは俺達をSH計画の人間としか見ていないようだ。弓月総司令はなんだかんだで忙しい人だし。
聞こえは悪いが、消去法で相談できる人間が影沢さんしかいないのだ。
「コーヒー、飲むか?」
「えっと、はい」
なんだかんだ言って缶コーヒーを奢ってもらってしまった。
ここは自販機が置いてあり、長椅子が置いてある。いわば、ちょっとした休憩スペースだ。
「なんか、すいません。おごってもらっちゃって」
「別にいい。で、なんだ? 話って」
「ああ。あの・・・実は、威舞が」
「威舞が、どうしたんだ?」
「えっと、非常に恥ずかしい・・・と言いますか、なんというか・・・」
「どうした?」
「あの、この間の話の後、威舞に自分が感動した映画とかテレビとかのDVDをいっぱい見せているんですが」
「いいことじゃないか」
「あ、はい。いろいろな事に興味を持ち始めていて。この間も海に行ったりとかして。いや、それ自体は良い事なんですが・・・」
「なんだ、はっきり言え。男だろう?」
「ああ、はい・・・」
俺は、覚悟を決めて、息を吸い込んだ。
「『結婚したい』・・・とか言いだしちゃったんですが」
「誰が?」
「威舞が」
しばらく、無言の空気が休憩スペースを支配する。影沢さんは、俺の顔をじーっと見つめている。
「な、なんですか」
「ふーん・・・ふっ」
影沢さんは、にやけはじめた。やがて声を立てて笑いはじめる。
「何で笑ってるんですか!?」
こっちは大真面目なんですよ。
「すまない。何か、面白くて」
「面白いじゃありませんよ。こっちは大変なんですから」
「へぇ。ドキドキしてたりするのか?」
「別にそんなんじゃないですよ。ただ、威舞って頑固って言うか、気になったら離れないようなところがあるから。だから道端を歩いてるときとかでもいきなり聞いてきたりして・・・すごい困ってて・・・」
俺はため息をつく。ここ三日間くらい、威舞のせいで気が張って仕方がない。
まるで威舞は覚えたての言葉で大人を振り回す子供のようだ。
しかし、その容姿が普通に高校生だから・・・困ったものである。
「お前と結婚したいと言ってるのか?」
恥ずかしながら、俺は頷いた。弁解するように、俺は言葉を紡ぐ。
「でも、なんていうか・・・威舞は覚えたての言葉を使ってるだけなんですよ。ほら、小さい女の子が自分の父親と結婚したいって言うみたいな」
「私はそんなこと言った事がないがな」
「そりゃ、影沢さんは小さい頃からクールだから、そんな風に言えるんです!」
「だな」
影沢さんはコーヒーを飲み干した。まるで俺の悩みなど、意に介さないような雰囲気だった。
「もういいです。影沢さんに相談した俺がバカでした」
「ああ。あまりこの件に関しては私から言えることは少ないな」
「そうですよね。結婚なんて、影沢さんにはほど遠いですもんね」
俺の言葉に、影沢さんの表情が曇った。
「・・・ああ。かもな」
「えっ?」
「だが、私にも結婚したいと思っていた時期があった」
「影沢さんにですか?」
「そうだ。なんだ、その意外そうな顔は?」
「いや、だって意外ですし」
「結構失礼だという事に気づけ」
「すいません。・・・それで、どうしてですか?」
「どうして。とは?」
「どうして結婚したいと思ったんですか?」
「好きな人が出来た」
俺は驚いた。失礼だと思ったが、心底驚いた。
「影沢さんにですか!?」
「何故驚く?」
「いや・・・すいません」
「好きな人が出来て、結婚したいと思う。幸せ何かを築こうと思う。女として、いや人として当然な考え方だ」
 
影沢さんは立ち上がった。飲み干した缶コーヒーの缶を、ゴミ箱の小さな穴へねじ込む。
「威舞がどうだかは分からない。確かに知りたての言葉を使っているだけかもしれない。それでも、結婚という言葉は、どうでもいい人間には使ったりしないと思う」
「・・・影沢さん」
「お前がどう思うかは、お前の自由だけどな」
影沢さんは踵を返し、去ろうとする。俺は引きとめた。
「影沢さんは?」
「えっ?」
「影沢さんは、どうなったんですか?」
彼女は、天井を見た。そう高くはない天井。でも、彼女の眼は・・・もっと遠くを見ていた。
「今は、こうして1人。その意味が、分かるだろう?」
影沢さんは、此処を去っていった。
 
彼女の婚約者が、量産型ストレイヴァー隊の隊長であった事。
そして、俺がストレイヴァーに乗り込む以前に、ヴォルヴとの戦闘で戦死した事。
全部、後からツバサから聞いた話だ。
結婚式を、3か月後に控えた時だったそうだ。

 
影沢さんと会話を交わした後、俺は再び基地内を走り回っていた。威舞を探すためだ。彼女を置いて1人で帰るわけにもいかない。
走り回るうちに行きついた場所・・・弓月総司令の部屋だ。
彼女にとって、弓月総司令は親代わりである。与えられた苗字を考えてもそうだった。もっとも、威舞がどうとらえているかは別問題であるが。
「もしかして、ここか?」
ノックする。返事はなかった。
部屋に入ると、予想通りではあるが誰もいない。
総司令・・・やはり職務は忙しいのだろう。ヴォルヴの情報を一般公開して以来、総司令は内閣はもとより、時折マスメディアにも顔を出すようになった。決してパニックを煽っているわけではないが、注意と危機感を呼び掛けている。地区ごとのシェルターの設置も進み、その説明にも忙しかった。しかし、皆一様にして反応は他人事のようだった。
俺は部屋内を進む。一応、ここの司令官の部屋なのだからもっとセキリティー厳しくしないとまずいんじゃないのか?
「これって・・・」
指令室の机の横に、立てかけてあるもの。一本のアコースティックギターだった。
古いものだったが、良く手入れされている。
「そういや、最初に威舞が総司令のギターを聞いたことあるって言ってたっけ」
ギターに手を伸ばそうとしたとき
「ん・・・?」
俺はあるものに気づいた。机の上の一冊の書類・・・。
「『SH Project』・・・」
俺は、ページをめくった。
 
――発掘兵器である世界最古にしてストレイヴァーの起源たるストレイヴァー=ゼロ・ストレイヴァー
エネルギーの源であるストレイヴエナジー
ゼロ・ストレイヴァーに通常のパイロットが搭乗した際は起動不可。
ゼロ・ストレイヴァーには遺伝子=太古の昔ストレイヴァーを操っていたと思われるパイロットの2人分のDNAデータが残存
アブサフ化学技術陣はこれを“アダム”“イヴ”と名付け、これを元にパイロットを作りあげることを計画。
 
STRAIGHVE HUMAN PROJECTSH計画である。
 
第一世代=G-1シリーズ完成。G-1シリーズは通常の人間にアダムとイブの遺伝子を注入したものである。男性パイロットG-1AGENEREATION-1ADAM)、G-1EGENEREATION-1・EVE)が誕生。
ゼロ・ストレイヴァーに試験搭乗した際にはストレイヴエナジーに耐えきれず精神崩壊を起こし、起動から0,5秒後に死亡。
G-1シリーズは失敗に終わる。
 
計画の失敗から、アブサフはゼロ・ストレイヴァーを対ヴォルヴ戦に使用する事を中止。
現代の技術で新たなるストレイヴァーを開発させる事を決定した。
新型ストレイヴァーの開発に当たり、二つの開発チームが組まれる
 
SH計画に対応するストレイヴエナジーの濃度を落とし使用する、現代の技術のストレイヴァーを制作するチーム。
ストレイヴエナジーを使わず、メタルストレイヴのみを使用した誰でも搭乗可能なストレイヴァーを制作するチーム。
 
両グループはSH計画対応機体“エクストレイヴァー”シリーズと量産型“エムストレイヴァー”シリーズという形で完成をみる。
 
エクストレイヴァー壱号機=SX-01AEが完成。
同時にSH計画の第二世代=G-2シリーズが完成。
第一世代同様、従来の人間にアダムとイブの遺伝子を注入したものである。
 
G-2AG-2Eの両パイロットを乗せたエクストレイヴァー1号機の起動は成功。
しかしながらパイロットは一度の搭乗で身体に限界に近い負担が掛り、計画は変更される
 
今までの方式は人体にアダムとイヴの遺伝子を注入するのものだった。
そうではなくアダムとイブの遺伝子で1から人間を作るのである。
だだし遺伝子情報量の問題から、他の受精卵にアダムとイヴの遺伝子を組み合わせる事となる。
 
第三世代=G-3シリーズが完成(誕生)。
 
成功を祈った科学者陣から、『ADAM』と『EVE』というコードを与えられる。
なお、ADAMにはG-2A、G-2EとG-2シリーズの遺伝子を組み合わせた受精卵が使われている。
 
ADAMが脱走。
原因はG-2Eにあると断定。
G-2Eは責任を取る形で、再度イヴの遺伝子を注入され、ゼロ・ストレイヴァーに搭乗。
起動から120秒持ちこたえるものの、精神崩壊を起こし死亡。
 
以後のG-2Aのデータは無し。
エクストレイヴァー弐号機=SX-02Eが完成。
ADAMの不在から機体を複座式から単座式に変更。
EVEによる起動実験は成功。
エクスシリーズ参号機の開発スタート。
現在に至る。――
 
「どうして、ここに貴様が居る」
部屋へと踏み込んできた男、暮乃だった。
「威舞を探しに来ただけです」
俺はとっさにそう答えた。暮乃の視線は、俺が持っているものに注がれる。
「・・・読んだのか?」
「はい」
暮乃は俺のもとへと駆け寄ると、書類を奪い取った。
「威舞なら、先程ツバサと一緒に機体のチェックをしていた。お前も行け」
「・・・聞きたい事があります」
「・・・なんだ」
「俺の母親・・・G-2Eは、俺を逃がしたから殺されたんですか?」
「殺された訳ではない」
「でも! 殺されたも同然じゃないですか! 死ぬかもしれない機体に乗せられて、無理やり・・・!」
「君に何が判る!」
暮乃は叫んでいた。今まで冷静な印象が強かった相手だけに、俺は少したじろいだ。
「君には分からない。君の両親の気持ちは」
「・・・知っているんですか、俺の両親を?」
暮乃は俺から視線を反らした。
「・・・最近、話に聞いただけだ。直に会ったことはない」
俺は暮乃へ駆け寄った。
「教えてください! 俺の両親は、どんな・・・」
「俺から話せることは、何もない」
「どうして!」
俺が暮乃の襟首を掴みかかった、その時だった。
「・・・俺から話そう」
開いたドア。やってきたのは、この基地の総司令官。
「弓月総司令・・・」
「暮乃、席を外してくれ」
暮乃は弓月総司令に一礼すると部屋を去っていた。
薄暗い部屋に残される、俺と総司令。総司令は部屋の明かりをつけると、部屋の中央にある来客用のソファーに腰掛けた。
「座りたまえ」
「・・・」
俺は無言で、弓月総司令の向かい側に座った。
「君のお母さんと、自分は古い友人でね。優しくて、強い人だったよ」
「俺の代わりに、死んだんですか・・・」
「本部の眼を反らしたんだ」
「どういう意味です?」
弓月は、俺の眼を見つめる。
「君は、ストレイヴァーのパイロットとして作られた。いわば重要機密事項。君を逃がしたところで、やがて本部側の追手が躍起になって君を見つけ出す・・・だから、彼女は自分から志願したんだ」
「死ぬかもしれない、ゼロストレイヴァーのパイロットにですか?」
「そうだ。彼女は、戦場へ送る君を作る為に遺伝子を提供した。しかし、生まれた君を見て・・・戦う為だけに育てる事が出来なくなってしまった。だから、君を逃がし、逃がした責任をすべて自分が追い・・・死亡率999%のテストパイロットに挑んだ」
「・・・」
「彼女の行為により、君を追う事は上層部でも暗黙のうちに停止となった。少なくとも、ヴォルヴが本格的に活動するまでは」
「そんな事が・・・」
「本来は、君を巻き込みたくはなかった。それが、彼女との・・・加奈子の願いだったから」
母親が、自分を犠牲にして・・・棺桶のようなストレイヴァーに乗り込んだ。俺を助ける為に。
その行為があったからこそ、俺は17年間・・・戦いも訓練もない、平和な場所に居る事が出来た。
威舞に、運命の全てを追わせて・・・自分は平和に暮らしていたのだ。
「俺が言えるのは、これが全てだ」
弓月総司令は、立ち上がった。俺に背を向ける。伝えることは全て伝えた、そんな雰囲気だった。
俺は、弓月に問う。
「父親は・・・?」
「?」
G-2A・・・そう呼ばれていた、父親は?」
弓月は深く息を吸った後、答える。
「君の母親と、父親は・・・本当に深く愛し合っていた。いずれは結婚するはずだった」
「結婚・・・」
「だが、君の母親があんなことになって、父親は姿を消した。その後は、俺も知らない」
部屋のブラインドを上げる。ガラスの向こう側には、整備されているストレイヴァーの姿があった。
「君達がストレイヴァーを操る事が出来るのも、君のお母さん達が残してくれたデータがあったからだ」
「・・・」
「君は、愛されていた。父親にも、母親にも」
俺は踵を返し、部屋の出入り口へと向かう。
「命を、大事にしなさい」
部屋を出た。

 
その日はあいにくの雨模様だった。空き教室の窓に矢のように雨が突き刺さる。まるで割れるのではないかと心配になるような激しい音を立てていた。
「さっきまで晴れてたのにな」
俺は窓の外を見て呟く。
「本当ですね」
俺や威舞と同じく早めに部室(空き教室)に来ていた真美も窓の向こうを覗き込んだ。テニス部やサッカー部が校舎内に避難する中、ラグビー部だけは吹き荒れる雨に立ち向かうように練習を止めることはない。知り合いは何人かいるが・・・本当、勇者達の部活である。
俺は真美に
「まぁすぐやむだろ」
と呟いた。
「だと良いんですけど・・・」
夏場の雨ってのはそういうものだ。サッと降って、サッとやむ。
725日、土曜日。既に夏休みに入っていた、夏真っ盛りと言う季節。威舞と共に学校に来たが、彼女は先生に呼び出されここにはいない。提出する書類があるとかなんとか。なんだかんだ言って、威舞は成績が良いから先生からいろいろ頼まれているらしい。
雨が収まり始めた頃、部員達も三々五々に教室に集い始める。
ただ、エイジだけがやってこない。
「また、エイジは遅刻〜!?」
夕莉は、口を膨らませて怒っている。
「まぁ、エイジさんは高3ですし、何かと忙しいのかもしれませんから」
相も変わらすツバサはフォローに回っている。
数分すると、エイジがやってきた。
「すまん! すまん! ちょっと遅くなった!」
早速夕莉はエイジに自分の感情をぶつけにかかる。
「遅くなった! じゃないよ! 最近エイジ、リーダーの癖に遅刻多いよ」
「あぁ、悪い。その辺の事で、ちょっとみんなに大事な話があるんだ」
タケルはいつもの好奇心だけの表情でエイジに聞く。
「なんすか、話って?」
「まぁ、聞け」
エイジは、何となく黒板がある教団の上に立った。少し真面目な話になる、エイジの雰囲気から自然と感じ取った。
「今、俺達ドリーマーズは、89日日曜日に開催される夏祭りライヴでの発表目指して練習してるだろ?」
真美が返答する。
「ええ」
エイジは、深呼吸をすると俺達バンドメンバーに向けて告げた。
 
「・・・そのライヴを最後に、オレはこのバンドを引退しようと思う」
 
「「「えっ!?」」」
バンドメンバーは驚きの反応を見せた。あまりにも突然すぎる告白。一番バンドの真ん中に居る人間が辞めると言いだしたのだ。驚かないわけがない。
「ちょっと、どうしてですか・・・!?」
入部したての真美は、驚いてエイジに駆け寄る。
「そうっすよ! この間、ツインボーカルで頑張っていこうって話したじゃないっすか!」
エイジの熱い歌声に魅かれて入部したカケル。いつもは、好奇心だけで動くような奴だったが今回ばかりはさすがに慌てていた。
「確かに、最近遅刻や欠席が多いのはそうだし、強く言いすぎたけど・・・でも辞めるなんて!」
夕莉も驚いて、エイジに問う。
「どうして・・・?」
あの威舞も、エイジがバンドを辞める事には驚いたようだった。だが、俺には何となく分かっていた。この、暁エイジという男は・・・
「オレは、もう決めたんだ」
一度決めたことを、そう簡単に変えはしないという事を。
エイジは暗くなりそうな教室の雰囲気を察したのか、明るい声で言った。
「ごめんな! なんつーか、オレももうすぐ高3だろ?」
「もうすぐって言うか、既に高3だ」
俺はなるべく、いつも通りにエイジにつっこむ。暗い雰囲気にバンド内をしたくない・・・きっとエイジはそう思っているはずだ。
「ナイス突っ込み! シュウ、サンキュー。で、受験することにしたわけよ! 俺も」
「えっ、でも・・・音楽で食っていくんだって・・・」
夕莉はエイジに問う。エイジが受験など、これまでの彼の雰囲気からはあり得ないことだった。
「いやさ、やっぱり大学は出ておいた方が良いかなって。オレ、バカだけどバカはバカなりに一生懸命考えたワケよ! 音楽は大学出てからでも全然できるしさ。それに・・・」
エイジは、教室のメンバーを見回す。
「いるじゃん。オレがいなくても、卒業しても、ちゃんと仲間が出来たじゃん! ボーカルのタケル、ギターのシュウと威舞、ベースの夕莉、ドラムのツバサ、キーボードの真美。オレがいなくても、もう大丈夫だよな」
「でも・・・」
尚も寂しそうな表情を浮かべる夕莉。
「なんか、夕莉がそこまで止めてくれるのは嬉しいんだけどさ! まぁ、オレが抜けたら新生ドリーマーズとして、頑張っていってくれってことだよ。なぁ、新リーダー!」
そう言ってエイジは・・・俺の肩を叩いた。
「えっ、俺!?」
「そうだよ! お前だよ」
「でも、俺は・・・」
俺や威舞、ツバサはいつスクランブルが掛るか分からない。そんな人間をリーダーにするのは・・・。
「いや、オレはシュウを新リーダーにする」
「でも」
「いつだって、オレのサポートをシュウはしてきた」
「確かにサポートはしてきたかもしれない。でも、リーダーって柄じゃ」
言いかけてやめた。さっき気づいていたはずだ。この男は一度決めたことは曲げないと。
「・・・」
俺の無言を、エイジは『了承』と受け取ったらしい。
「さぁて! じゃあオレのラストステージ! ハンパない発表をする為に、今日から皆には猛練習に付き合ってもらうぞ!」
皆を鼓舞し、練習をする空気へと持っていくエイジ。
俺は、エイジを支える事は出来る。でも、こうして先頭に立ってみんなのやる気を出させる事は・・・たぶん、出来ない。
練習を始めるエイジの後姿が、あれほど羨ましく見えたことはなかった。
 
バンド練習終了後。仲間達は先に帰っていく。
「あ、先帰っておいてくれ」
「うん、分かった」
威舞は教室を出て行った。残ったのは、俺とエイジの二人。俺は言った。
「勉強なんて嘘だろう」
「・・・ああ」
「『隠し事は嫌い』って、俺達に偉そうに言った癖に」
「すまねぇな」
俺達は雨上がりのグラウンドを2人で見ている。まだ暑かったが、風は抜けていた。エイジは口を開く。
「でも、こうする他なかったんだ。夕莉を心配させたくなかったから」
「・・・」
「・・・あいつが一番ショックだろうからな」
「ああ」
エイジは遠くを見ていた。
「夕莉は、変わっていくのが嫌なんだ。もしかしたら、オレとシュウの3人だった頃に戻りたいって思ってるかもしれない」
「でも、変わらないなんて無理だ」
「夕莉だって分かってる。だから辛いんだ」
「その為に、嘘・・・ついたのか?」
「ああ。『本当の事』を夕莉に言ったら、ますます心配する。バンドに亀裂が入ることだってあるかもしれない」
「俺には、『本当の事』ってのは言えないのか?」
「まだ・・・だ」
「そうか」
俺は深くは聞かない。聞いても、きっと言わないから。
「なぁ、夕莉の気持ち・・・分かってやれよ」
「エイジは?」
「は?」
「エイジの気持ちはどうなんだ?」
俺は分かっていた。とっくの昔に。夕莉が俺に抱く気持ち。エイジが夕莉に抱く気持ち。
「・・・気づいてたのか?」
「夕莉は気付いてないさ」
「オレが気持ちを伝えれば、バンドの空気が変わっちまう」
そう、きっと夕莉も同じ気持ちなのだろう。もし俺に気持ちを伝えれば・・・成功するしないに関わらず、幼馴染という関係が崩れさる。バンドの仲間という関係も消える。変わること、失う事を彼女は恐れているのだ。
しばらく、無言の空気が支配する。
「シュウは?」
「えっ?」
「シュウは結局、どっちなんだ?」
「どっちって?」
「分かってるはずだ。夕莉と威舞、どっちをとるかって事だ」
「威舞は・・・そんなんじゃない」
「そんなんじゃないってのは?」
「妹みたいな・・・そんな感じだ」
「ふーん・・・妹ねぇ」
エイジは眼を細めて俺を見ている。
「なんだよ」
「オレには威舞と話してるシュウが、すげー楽しそうに見えるんだけど」
「そんな事・・・」
俺は口を開きかけた。否定するような言葉を紡ぎだそうとする。
だけど・・・
威舞と出会って、威舞が知らないような事を教えて。同じ時間を過ごしてきた。威舞は・・・とても純粋だった。
楽しくなかった・・・はずはない。
「ま、とにかく」
俺が思慮をめぐらせているのを見かねて、エイジが口を開く。
「はっきり言う。夕莉の事を、オレは心配している」
「エイジ・・・」
「確かに威舞は大事なバンドの仲間だ。でも、オレにとって夕莉はもっと大切な存在なんだよ」
「・・・」
「正直、あの無口な威舞のどこが良いのか・・・オレには分からない・・・」
「そんなこと・・・!」
俺はその言葉に拳を握り締めた。エイジまでそんな事を言うのか!?
「別に威舞の事を嫌いとか、そう言うわけじゃない。ただ・・・オレは夕莉をお前に守ってほしい。それだけだ」
「・・・」
「自分でも勝手なことをいってると思う。でも・・・」
何か言葉を告げようとするエイジ。しかし、彼は言葉を吐くことが出来なかった。
「・・・俺は、それだけだ」
エイジは鞄を持つと、ドアに向かって歩き始めた。
「夕莉は、ドリーマーズは・・・任せた」
エイジは教室を去っていった。
 
1人残される俺。
窓からの光は消え、外は少しづつ夜の闇が支配し始めていた。
『正直、あの無口な威舞のどこが良いのか』
エイジが何気なく告げたあの言葉・・・俺の胸に突き刺さってはなれない。
威舞がそんな風に思われていることに対しての怒りもある。それ以上にあるのは・・・自分がああなっていたかもしれないという恐怖。
しかし、それはつまり・・・心の奥では威舞の事を畏怖しているのではないだろうか。戦う為に作られた威舞を、自分は心の底では恐れている。無口な威舞を敬遠している。
こんなことを考えている俺自身が、嫌だ。
 
こうして、平和に暮らしているのは・・・自分を守った両親がいたから。
でも、もし両親が俺を大切に思わなかったら?
俺はこうして平和に暮らすことなんて・・・きっと出来なかった。
「いっそ、そっちの方が楽だったかもしれない・・・」
戦う為だけに作られた存在の方が、よっぽど楽だったかもしれない。
 
「シュウ」
 
いきなり声を掛けられた為、俺は驚いて振り返る。
「威舞・・・」
ドアのところには威舞がこっちを見つめて、立っていた。
「どうしたんだよ。先に帰ったんじゃなかったのか?」
「うん、帰った」
「だったら・・・」
俺は威舞に駆け寄った。
「帰ったけど、シュウが帰ってこないから、来た」
俺は、威舞の表情を見て・・・気づく。
「心配してくれた、のか?」
威舞は、頷いた。
俺は気付く。
『戦う為だけに作られた存在の方が、よっぽど楽』・・・確かにそうかもしれない。
でも、威舞は違う。
本当の威舞は、優しい・・・1人の少女なんだ。俺は彼女を恐れてなんかいない。
彼女を理解し、守っていけるのは・・・俺しかいない。
「ごめんな」
俺は威舞に向けて呟く。
心配させたこと。そして、『戦う為だけに作られた存在の方が、よっぽど楽』なんて思ってしまったこと。確かにそれが事実だとしても、俺はそんな事を二度と思わない。
威舞を守る者として。
威舞に心を教えるものとして。
俺は、平和な世界で生きてきたことを後悔しない。
「帰ろう」
俺は、威舞にそう告げた。

 
その後も、バンド練習は続いた。エイジ自身が明るく振る舞っていることもあり、特に空気が重くなるような事はない。逆にタケルなどは『エイジ先輩の最後の晴れ舞台、失敗するわけにはいかないっすよ!!』と、以前よりましてエイジとのハモリも練習している。
真美やツバサも同様だった。威舞だってそうだ。周りの空気に押されていることもあってか、ギターを持つ手が緩む事はない。
ただ、夕莉の表情だけが憂いを帯びていた。
 
そして・・・89日、日曜日。夏祭りライヴの日。
夏祭りはこの街で一番大きな公園で行われていた。様々な屋台が並び、老若男女問わない沢山の人々で賑わっている。
俺達ドリーマーズは、公園の中央に設置された仮設ステージの裏側に居た。
円陣を組むようにして、最後の言葉を交わす。
「いよいよだな・・・」
エイジの言葉。
「ああ」
俺は頷く。
エイジは、11人の顔を順番に見ていく。シュウ、威舞、ツバサ、タケル、真美、そして夕莉。
「・・・オレはみんなと一緒に、バンドやれて楽しかった。これから、何が起こるか分からないけど・・・オレは今日という日をきっと忘れない」
皆一様に頷く。
「行こうぜ、オレ達のステージへ!」
 
7人は、ステージへ上がった。
 
このイベントは、俺達ドリマーズだけのものではない。様々な発表団体の内の一つに過ぎない俺達に与えられた時間は20分弱。3曲に俺達は全てを詰め込んだ。
エイジの熱いソロ。
デビューとなる、タケルのバラード。
そして二人のツインボーカル。
徐々にステージ前に集まる人の数も増えていった。最後は拍手の嵐。
 
俺達のステージは・・・最高のものとなり、幕を閉じた。
 
「写真撮ろうぜ!」
エイジの一言で、俺達は写真を撮ることとなった。近くのスタッフさんに撮影をお願いすると、笑顔と共に心良く了承してくれた。夕莉が持ってきていたデジタルカメラをスタッフさんに預ける。
「じゃあ、取りますよ」
舞台裏、エイジを中心に7人の仲間達が集まる。
「行きますよ、一たす一は・・・」
「「「「「「にーーーっ!!」」」」」」
シャッターが切られる。デジカメのデータには、満面の笑みを浮かべる仲間達が刻みつけられた。
この時の仲間達の笑顔を、エイジは忘れる事はなかった。
 
ライブが終わった俺達は、しばらく祭りを堪能した。
なかなか当たらない射的。
だいたい一匹だけの金魚すくい。
無駄にベタつくわたあめ。
よく分からないヒーローもののお面。
・・・仲間達七人で過ごす、夏の思い出。
威舞は新鮮な事だらけのようで、何で遊ぶ時も目を輝かせていた。
わたあめを頬張る威舞。
「おいしいか?」
「あまい」
返答としては微妙にずれている気もするが、まぁ楽しんでいるみたいだし・・・良しとするか。
「真美! この後十時から花火だってよ!」
テンション高めのカケルの言葉。普段は静かな真美も嬉しいようで。
「花火ですか! 素敵ですね」
真美も機体に胸を膨らませるような表情を浮かべる。
俺が(真美ってカケルと同い年なのにいつも敬語だよな)なんてどうでもいい事を考えていると
「ん?」
俺の腕をつつく感触。夕莉だ。
「どうしたんだよ」
「ちょっと・・・いいかな」
夕莉は伏せ目がちに告げた。話があると。威舞はきょとんとした目で立ち止った俺達を見ている。
「先に行っててくれ」
彼女はこくんと頷くと、輪投げをしている真美達のもとへ駆け出した。
 
「・・・」
エイジは、俺と夕莉を・・・静かに見守っていた。
 
俺と夕莉は祭りの会場から少し離れた、公園の端の方に移動した。芝生の斜面になっているところに俺達は腰かける。
「・・・変わっちゃうね」
夕莉は呟いた。
「エイジがいなくなって、ドリーマーズ・・・変わっちゃうね」
赤い光を放ち続ける提灯。騒がしい人の音。俺達は祭りの騒がしさに入れなかったのけもののようだ。
「ああ」
「寂しくないの?」
「寂しくない・・・じゃ、嘘になるけど。でも、仕方ないんじゃないか?」
「仕方ない?」
「変わっていくものだろ? やっぱり。俺達だって、いつかは引退しなきゃいけないんだから」
「・・・」
黙りこくってしまう夕莉。俺は空を見上げた。祭りの明かりのせいだろうか、全然星が見えない。
「・・・シュウも、変わったよ」
「えっ」
「シュウも、変わった」
「そうか?」
夕莉は、ゆっくりと・・・俺に告げた。
「・・・ストレイヴァー・・・乗るの、やめて」
俺は突然の言葉に驚き、夕莉を見つめる。
「何をいきなり言い出すんだよ」
「・・・シュウがやる必要なんかない」
「何でお前がそんな事言えるんだよ」
「だってそうでしょ? シュウは普通の高校生なんだよ? あんなものにのって、化け物と戦う義務なんてないんだよ」
俺も最初はそう思ってた。でも・・・
「義務のありなしじゃない。俺は自分の意思で・・・あれに乗る事を決めたんだ」
「自分の意思・・・」
夕莉は俺を見つめる。その眼は、どこかぼやけていて。
「そうだ」
夕莉の口が静かに開く。
「・・・威舞ちゃんの意思でしょ」
「・・・」
「シュウは、変わった。ううん、ドリーマーズが変わったのも・・・全部、あの子が来てからなんだよ」
「違う、威舞は・・・」
「『関係ない?』」
言葉の先を読んだ、夕莉の言葉。俺は思う。関係ない・・・訳じゃない。
「威舞ちゃんが来てから、変わったんだよ」
「そうだとしても、この道は俺が自分で選んだ道だ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「・・・おかしいよ。何でシュウが戦わなきゃいけないの!? どうして・・・? 今までみたいにバンドやって、みんなで・・・3人のドリーマーズでいればいいじゃない!」
顔を伏せる夕莉。斜面には水滴がこぼれおちている。
「・・・来るんだ。それでも、ヴォルヴは」
「そんなの、戦いたい人がやればいいじゃない!」
「俺はやると決めたんだ。誰かがやらなきゃいけないことなんだ」
「・・・威舞ちゃんがやればいいじゃない!」
「えっ」
 
「あんな無口で、人間じゃないみたいな・・・弓月威舞がやればいいじゃない・・・」
 
「・・・『人間じゃない』・・・?」
「シュウは、やらなくていい・・・やらないで・・・」
「お前、本気で言ってるのかよ・・・」
「そうだよ! 本気よ! あの子が1人で・・・」
 
俺は、手を挙げていた。乾いた音が響き渡る。
 
「えっ・・・」
「・・・“俺達”は、人間だ」
踵を返し、俺は夕莉の横から去った。
 
 
「・・・めどくさいね、人間って」
 
 
俺を呼ぶ声。
「君は」
樹にもたれ掛かる、白髪の少年。
「・・・」
次の瞬間、少年の姿は忽然と消えていた。

 
俺達は夏休みを満喫した。もちろん部活は続けていた。エイジから託された『リーダー』というバトンは、しっかり継いでいるつもりだ。
だが夏祭りのライブも終わり、練習がひと段落している事もあり・・・“俺達”・・・そう、俺達はかなりの時間遊びに費やしていた。
遊園地に行ったり、また映画を見に行ったり、サッカーや野球(キャッチボール)をしてみたり、あとは早起きして虫取りなんてものもやったりした。何年ぶりだが分からない。とにかく、威舞が
「やりたい」
と、言った時点で必ずやらせていた。彼女は俺が借りてくるDVDを情報源に、様々な事を学んでいった。でも・・・
涙を流す事の意味は、まだ理解出来ないでいる。
 
828日。夏休みも終わりに近づき始めた頃、当然のように俺達は慌てて宿題に取り掛かりはじめる。いや・・・“俺が”と言った方が適切か。今までに何度か威舞は『宿題やろう』とテキストを取り出していたのだが、その度に俺は『まだ余裕だよ』と勉強を先送りにし続けてきたのだ。
・・・ツケが回ってくるのは当然の事で。
「時間がねぇ・・・!!」
俺は頭を掻きむしった。
「よゆうって言ってた」
「誰が」
「シュウが」
明言こそしなかったが、威舞の眼は『シュウが先送りにしてきたのが悪い』と告げていた。
昔の威舞では考えもしない発想だっただろう。俺に反抗してくるとは・・・っ!!
俺は微妙なところで威舞の成長を感じていた。
 
久々に風鈴が鳴る。少しだけ揺れる。
 
風がなかなか通らないから、部屋が熱い。熱さがさらにイライラを生む。問題自体は簡単なのだ。(かなり失礼だが)俺はエイジほど頭が悪いわけではない。
何が問題か?
「・・・量が多いんだよっ!!」
あの群がる蜘蛛ヴォルヴ並みだ!! 一向に数が減らない!!
「何おこってるの?」
「この数のおおさに」
「自分にじゃないんだ」
いつもの無表情な静かなトーンで告げられる・・・が、言葉はまるで槍のように俺の胸に突き刺さる。
「はいはい。自分で自分を攻めまくっている晩夏の頃ですよ」
俺はシャーペンと英文訳をちゃぶ台の上へ放り出し、畳の上へ横になった。
「はぁ・・・」
天井を見つめる。
「あと夏休みが8周くらいエンドレスで続いてくれたら宿題終わるかなぁ・・・」
と、呟いてみたが何も変わる気配はない。
バンドメンバーも、今頃宿題相手に苦戦しているのだろうか。
エイジは高3だから受験生向けに宿題というものは極端に少ないらしい。
ツバサと真美はしっかり計画立ててこなしてそうだな。
タケルと夕莉は、俺達と同じ、いや前日にならないとやり始めないかもな。
「・・・夕莉、か」
威舞に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
あの祭りの一件以来、まとも話していない。バンドでは普通を装っている。たぶん、俺達の間に起った事はバンドメンバーの誰にも気づかれていないだろう。もし、バンド内にエイジが残っていたら別だろうが・・・。
彼女の『人間じゃない』という言葉は、俺の胸に深く突き刺さっていた。
エイジも同じような事を言っていた。
彼らには・・・俺の大切な友達には・・・威舞をそんな風にしか見えないのだろうか?
もっと複雑な感情がある事も分かっている。エイジも夕莉も『恋』という説明しづらいものが挟まっている。
自然に出てきた言葉・・・『人間じゃない』。深い意図のない言葉。
それでも、SH計画を知る俺には・・・これ以上深い言葉はない。
(威舞は、人間だ)
こう、胸の中で呟くのは何度目だろうか?
俺はふと・・・思う。
俺がSH計画によって生まれたことを差し引いたとしても、この感情は・・・夕莉やエイジと同じものなのだろうか。この感情があるから、威舞を自然と守ろうとしているのだろうか。
 
「シュウ」
 
いきなり声を掛けられて、俺は驚いた。威舞の手には冷蔵庫から取り出したと思われるウーロン茶がコップに注がれている。
「飲んで」
「あ、ああ」
俺はコップの中のウーロン茶を飲みほした。よく冷えていて美味しい。
「やる気でた?」
「・・・ああ」
「あと二日しかないから、がんばろう」
「そうだな」
威舞が、俺を励ましてくれている。
今までになかった構図だった。
2人で、再びちゃぶ台に向かう。
「あと・・・二日・・・か」
脳裏に、思いだされる言葉。
「あ」
「どうしたの?」
威舞の問いに、俺は問いで返す。
「・・・誕生日って、知ってるか?」
「たんじょうび?」
「自分が生まれた日って、知ってるか?」
「・・・日にちは知らない」
やっぱりな・・・と思いながら俺は様々な事を巡らせる。
「じゃあ、明後日がお前の誕生日な」
「あさって?」
「そう。明後日の830日」
「どうして?」
「俺の誕生日も830日だからだ。と言っても、俺も威舞と同じで、正確にいつ生まれたかが分からないから、この家にやって来た日を誕生日にしたってだけの話らしいけど」
「たんじょうびって・・・もしかして、プレゼントをわたして、お祝いする日?」
「知ってるのか?」
「このあいだ、DVDで見た。じゃあ私、シュウにプレゼント渡す」
「ああ。俺も威舞にプレゼント渡すよ。同じ日に誕生日だから、プレゼント交換ってことだな」
「なにがほしい?」
「そうだなぁ・・・って、今ここで教えたらつまらないだろう」
「そっか」
「お互い相手が欲しがるようなものを考えて、明後日の夜の誕生日パーティーで渡すんだ」
「うん、分かった」
威舞は、今までにない笑顔を浮かべる。
俺は気付き始めていた。
俺の威舞に対する感情にも、何かが挟まってる事に。
 
830日をすっきりした状態=宿題をすべて終えた状態で迎える為に、俺達は勉強を再開させた。
風鈴が全く揺れない、夏の昼下がりのことである。

 
「ありがとうございました」
店員の言葉を背に、俺達は店を出た。いつもなら隣に威舞がいるところではあるが、今日は違う。
「ありがとうな。付き合ってもらっちゃって」
「いいんですよ。今日は練習もないし、ちょうど退屈していたところなんですから」
真美だった。俺は彼女と共に明日の威舞の誕生日に備えて、プレゼントを買い求めに来たのだ。
「でも、私で良かったんですか?」
「何が?」
「いや、夕莉先輩とかの方が良かったんじゃないかなぁって」
「いろいろあるんだよ」
俺の言葉に、真美は口を噤んだ。地雷を踏みそうな事を察したらしい。
「よろこんでくれるといいですね」
「ああ。似合うかな」
掌に握られた紙袋。威舞に似合うだろうか。
「きっと似合いますよ」
「そうだな」
真美を読んだのは、女の子がいてくれた方が心強いからだった。男子1人で女子のプレゼントを選ぶのには限界がある。
本当は影沢さんを呼ぼうかとも考えたのだが、辞めた。最近AVSFは量産型ストレイヴァーが正式に完成し、パイロットの件で大忙しなのだ。影沢さんやツバサは、ストレイヴァーの操縦技術を買われ、実際の戦闘の際には部隊長となるのだそうだ。
俺達がこんなに夏休みを満喫して良いのかと思うくらい、AVSFは準備に追われていた。ヴォルヴの襲来に備えるための準備である。
もし、戦闘が始まれば・・・俺達にもスクランブルが掛るのだろう。
俺は真美に声を掛けた。
「なぁ」
「はい?」
「俺も威舞もいろいろ忙しくなるかもしれないからさ、その時はドリーマーズ、よろしくな」
俺の言葉の意図を、彼女は十分の一も理解していないに違いない。
蝉は鳴く事を止めなかった。
 
家へ帰ると、威舞が帰ってきていた。
「大分早くに出かけたんだな」
俺の言葉に、頷く威舞。
実はこの日、威舞は俺が朝起きると既に家にいなかった。机には『買い物に行ってくる』の文字。あいつは夜明け前に家を出て買い物に行ったのか?
威舞は膝の上に嬉しそうに袋を抱えていた。紙製の袋でそれほど大きいサイズではない。ハンバーガーショップなどで、テイクアウト時に貰うくらいの大きさの袋だ。
何が入っているかは、昨日のやり取りを考えれば分かる。
威舞は同じく(ちょっと大きめだが)紙袋を持った俺を見て
「プレゼント?」
と聞いてきた。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
と、俺は意地の悪い答え方をしてみる。
『えーっ』というような、怪訝そうな表情を浮かべる威舞。
「だってそうだろう、プレゼントっていうのは渡すまではプレゼントじゃないんだから」
威舞は「そっか」と言うと、自分の膝上のものを指差し「じゃあこれはまだプレゼントじゃない」と言う。
(思いっきりネタばれしてるよなぁ・・・)
という。ま、分かり切っていることだけど。
「シュウ?」
「ん?」
「・・・結婚って、むずかしいんだね」
俺はまたいきなりすっ転びそうになった。何とか心と体勢を立て直し、ちゃぶ台をはさんで威舞の向かい側に座る。
「シュウがいつまでたっても教えてくれないから、影沢さんにきいた」
俺は身体を強張らせた。
「・・・それで?」
「結婚は、男が18、女は16にならないとできないんだって」
「ああ」
何故か、俺は安心していた。
影沢さん、ああ見えてお茶目なところがある事を最近知ってしまったから、何か間違ったことを吹き込んだりしないかと心配したのだ。なるほど、精神論ではなく現実的な条件から説明してくれたのか。
「なぁ、ちょっと外を散歩しないか?」
 
俺と威舞は外へ出た。夕方だが、まだ空は蒼い。夏も終わりに近づいているが、まだ日は長いようだ。
商店街や学校の前の坂道を通り、川沿いを2人で歩いていく。
「なぁ」
俺は前から威舞に疑問に思っていた事を聞いた。
「どうしていきなり『結婚したい』何で言いだしたんだ?」
「シュウがかりてきたDVDになかで、結婚してる人たちがいた」
「それは分かるんだけど・・・」
そう、それは分かっている。問題は、どうして威舞が俺と結婚したいと言い出したのか・・・ということだ。
威舞は俺にどういう感情を抱いているのか。
意味を分かった上で『好き』なのか。
何となく、俺は・・・誕生日を迎える前に、気持ちを知っておきたいと思った。
俺の気持ちが、知りたがっていた。
「どうして、それを威舞が・・・その・・・俺としたいって思ったのかって事」
俺の問いに、威舞はゆっくりと口を開いた。
 
「うぇでぃんぐどれす・・・」
 
「えっ?」
威舞は俯き、何か照れながら言葉を紡ぐ。
「ウェディングドレス・・・が来てみたかったの」
「・・・あ、そっか」
俺は何と言うか・・・嬉しいような、肩透かしのような、言い知れない微妙な感覚に襲われていた。
結局、小さい子供があの純白の衣に憧れるのと同じなのだ。あいては誰でも良いのだ。小さい子供が父親に向かって言うのと同じ。ただそれが着たいと言うだけ。『お嫁さん』という記号を手にしたいだけなのだ。
「分かった。なら、どうして結婚するのかっていう意味までは分かってないんだよな」
「え・・・」
「ウェディングドレスは、いつか着れるからさ。ほら、まだ威舞は17だから、結婚は出来ないし」
「そうだけど」
俺は空を見上げて呟いた。
 
「ウェディングドレスを見せたい相手は、ちゃんと見つけた方がいい。いつかきっと、見つかるから」
 
 
これから、威舞には長い長い人生がある。
今まで、基地という名の籠の中に入れられてきた。訓練という名の餌を食べ続けなければいけなかった。
でも、これからは違う。
羽ばたける。いろいろな場所へ飛んで行ける。様々なものと、人と、出会う事が出来る。
それなのに・・・
憧れだけで、結婚してはいけない。威舞を俺で縛ってはいけないのだ。きっとこれから威舞は沢山の出会いをする。俺なんかより素敵な男と出会うはずだ。
その時に、俺という枷を作ってはいけない。
例え・・・俺がどんな感情をもっていたとしても。
 
俺達二人は家路についた。
 
本当の意味で、明日威舞は生まれるのかもしれない。
最初の誕生日・・・自分が生まれた日を得て、威舞は本当の自分の空へ羽ばたけるのだ。
 
そして・・・翌日。
 
830日。06:05
「・・・今日か」
眼を覚ました
「よりによって・・・」
俺は呟く。
 
街には、ヴォルヴ襲来を告げるサイレンが鳴り響いていた。

 
NE.49/8/30 06:00
一年に一度しかない、大切な日。
俺がその日を迎えた6時間後、鳴り響く携帯。
 
『巨大隕石が接近中。内部には一万体以上のヴォルヴが収容されていると思われます』
 
その日が、決戦の幕開けを告げる日になろうと、誰が予想しただろうか。
既に街中にヴォルヴ接近を示すサイレンが鳴り響いている。窓の外を見れば、シェルターに逃げ込む人々の姿が見えた。
「威舞」
俺は威舞を起こす。
「・・・来た」
その言葉に彼女はハッと眼を開いた。
「うん」
急いで着替えて、俺と威舞は外へ飛び出す。雨模様だった。十分弱でアブサフの車が学校前に到着する。俺達は学校に歩を向けた。
走る俺達。
「待って!」
俺達を止める声。
振り返ると、夕莉がいた。
俺は威舞に告げる。
「先に行け」
「えっ・・・?」
「いいから行けっ!」
俺の言葉に、威舞は学校へ向けて駆け出した。
髪も肌も服も、夕莉はずぶ濡れだった。彼女の右手には紙袋のようなものが握り締められていた。
「まだ、聞いてない」
「・・・」
「シュウの答えを、まだ聞いてない!」
俺は夕莉を見つめた。
「・・・夕莉。俺は・・・俺は、威舞が好きだ」
「・・・どうして?」
「俺は威舞を守りたい」
「・・・」
「だから、戦う」
「どうしてなの!?あんなに、無口で・・・何考えてるかどうかわからないような子なのに!」
「それは、今まで人と触れ合って来れなかったからだ。あいつが戦う為に作られたから」
「えっ」
「ヴォルヴと戦う為に遺伝子から作られた兵士。それが、威舞だ」
「どうしてそんなバケモノみたいな」
「バケモノなんかじゃない!!」
「・・・」
 
「俺も、威舞も・・・人間だ」
 
「シュウも・・・?」
「威舞は俺の分までずっと背負って来たんだ。もう一人で背負わせたりしない。あいつは、羽ばたいて良いんだ。もう、縛られる必要なんていいんだ」
「・・・」
「ヴォルヴを倒す。威舞一人に全部背負わせたりしない」
「・・・シュウ」
「今まで、ありがとう」
俺は踵を返し、突き刺さるような雨の中を走り出す。
夕莉は右手の紙袋をぎゅっと握り締めた。
「・・・」
彼女は雨が降っていることに感謝した。頬を伝う雫を隠す事が出来るから。
 
7:30
基地に集まった俺と威舞は、ブリーフィングルームに通された。普段とは違う、大きめの場所。既に20名近くの隊員が着席していた。AVSFの隊員、恐らくパイロットであろう。
室内に入った瞬間、張りつめた空気を感じた。俺は察した。『決戦』を。
「座るか」
俺と威舞は、ルーム内の端の方のパイプ椅子に座った。
ツバサと影沢さんもしばらくするとやってきた。パイプ椅子に座ることなく、前に並んで立っている。暮乃がやってくると同時に、ブリーフィングルームの扉がしまる。
「あ」
威舞は何かを思い出したように、小さく声を出した。
「どうしたんだよ」
「わたし、ちょっと・・・」
そう告げると、威舞はルームを飛び出してしまった。
「お、おい!」
俺の静止は届かず、作戦説明が始まった。
 
部屋の明かりは消え、暮乃の横にある大型スクリーンに明かりが灯る。巨大な世界地図が表示された。
「現在、世界の主要都市・・・ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京、ベルリン、シドニー、そして東京。その他30以上の都市に大小さまざまなヴォルヴ隕石群の降下予定が確認された」
「ヴォルヴ隕石群?」
眼鏡をかけたAVSFの隊員が疑問の声を上げる。
V-2F、フォートレス級を核にしてV-1S、スパイダー級が覆っている・・・ヴォルヴの塊と言ったところか。大気圏突入の衝撃に耐えられないことも多いが、最低でもスパイダー級が約50体付着している。核となるフォートレス級は無論無傷だ」
暮乃は、手持ちの小型端末を操作する。すると、ヴォルヴの降下予想ポイントが表示された。世界中のあちこちに赤い点が表示されている。日本は東京湾上に赤い点が浮き上がっていた。
「既に、世界各地にこれらのヴォルヴ迎撃の為の量産型エムストレイヴァー隊が編成されている。奴らの目的は人間の捕食と思われるが、東京には別の目的があると思われる」
「別の目的?」
「それについては明かす事は出来ない。ただ・・・」
暮乃が端末を操作する。ヴォルヴの東京湾の赤い点が巨大化した。・・・それはあまりにも大きい。千葉県や神奈川県がすっぽりと覆われてしまった。
「東京に襲来が予想されるヴォルヴの数は、ニューヨークのおよそ3倍〜5倍。フォートレス級も複数いる恐れがある」
俺は絶句した。
最低で50体はいるというヴォルヴ隕石。その3倍〜5倍って・・・。
「その為にこの日本AVSFには多大な戦力が供給されている。君達パイロットも、戦力の一つだ」
俺はブリーフィングルームを見渡した。確かに、AVSFの日本支部ではあるが白人、黒人、東洋系を問わない多様な人種が見られる。目つきの鋭さや体格からエースパイロットであることは想像に難しくはない。
「で、作戦内容は?」
くだらない説明は良い、と言わんばかりに体格の良い黒人パイロットが声を飛ばした。
「チームを二つに分ける。SX-02E率いるM01隊。SX-03A率いるM02隊」
「隊長は? まさかとは思うが」
黒人パイロットは、大型スクリーンの横に立つツバサと影沢さんを見つめた。彼の視線に臆することなく、暮乃はあくまで冷静に告げる。
「ああ。影沢薫にはM01隊を、ツバサ・ハイヴルフはM02隊を指揮してもらう」
「ガキと女の下でやれってか? フザけるな」
彼以外のパイロットからも同じような言葉が漏れる。悪態をつくものも少なくない。
「彼らは実際にヴォルヴとの戦闘経験がある」
「経験なんざ関係ねぇ。ずっとシュミレーターばっかやらせられたんだ。女の腕なんざとっくに」
 
「生存率・・・」
 
影沢さんが口を開く。
「あ?」
「生存率・・・5%以下だ」
「何の話だ?」
「私とツバサが所属していたエムストレイヴァーの第一中隊の生存率だ。人類初のヴォルヴとの戦闘の際、私とツバサを残し、その全員が戦死した」
黒人パイロットは鼻で笑う。
「フン、腰ぬけ揃いの隊だったんだな」
ツバサが顔色を変えた。飛びかからんばかりの勢いで、彼に詰め寄ろうとする。
「お前に何が・・・」
はやるツバサを、影沢さんの左手は素早く止めた。
「名前は?」
「ジャイリーだ。ジャイリー・マッケンジー中尉」
影沢さんは感情を殺して、ジャイリーに問う。
「シュミレーターの平均スコアは?」
「89だ」
「貴様が腰ぬけ揃いと言った第一中隊は、全員スコア96,8以上だ」
ジャイリーがひるむのが分かった。ルーム内が暗いせいで、俺の位置からではよく見えないが彼の顔は歪みはじめていることだろう。
「相手はたった20体のヴォルヴだった。私達がこれから挑むのはその数倍の数だ」
ルーム内が重い空気に包まれる。
「勝算がない訳ではない。作戦はある。前回と違い、我々にはデータがある。それをもとにした新型OSも、新型機もある・・・だがな・・・」
影沢さんは全員の眼を見て言う。
「恐らく、この中の半分も生きては帰れないだろう」
俺は拳を握り締めた。
「ジャイリー」
「な、なんだよ」
「さっき、中尉・・・といったな」
「あ? ああ。国連軍からの癖でな」
AVSFに階級はない。軍規もない。正直なところ、私の指示に従わないところで、大した罰もない。ヌルい組織だ」
「・・・フン、確かにヌルいな」
「だからと言って、ヌルい心で戦っていても・・・死ぬのは結局自分だ」
ジャイリーは言葉に詰まる。
「死ぬのは勝手だ。だがな、貴様たちがこれから乗るエムストレイヴァーには、私達中隊が命がけで取ったデータが使われている。あれ一体に何百人という技術者たちが動いている。何も守れずに死ぬ・・・犬死だけは絶対に許さない」
影沢さんは胸に右拳を当てた。
「もう一度、何の為にここに集まったのか・・・よく考えろ。もうお前達は人間と戦う軍隊じゃない。人を守る為の組織の一員となった事を忘れるな」
沈黙がルームを包む。
俺は、自然と影沢さんと同じように・・・拳を胸に当てた。
(守る為の・・・組織)
俺が決意を新たにしたとき、暮乃による正式な作戦ミーティングがスタートした。
 
10:30
「急いで!」
母親にせかされ、夕莉は街の中を走っていた。無論、シェルターに向かう為である。父親と母親を含めた3人は、ここから1km先のシェルターに向かっていた。幸い、雨は小降りになっている。
夕莉がもたもたしていたせいで、避難が遅くなってしまったのだ。アナウンスによると、まだ時間はあるらしいがそれにしたって心持たない。
「・・・」
夕莉の心は重かった。もちろん、シュウの事で。
夕莉達はショートカットをする為に近くの商店街へと入る。
「・・・!」
彼女は言葉を失った。
暴徒だった。
無人となった商店街で暴れている男達。いや、女の人もいる。老若男女、さまざまな人たち・・・中には夕莉と同じ学校の生徒と思われる物もいた。彼らは容赦なく店から物を奪っていく。取りあいをしている者たちも現れている。
「・・・ひどい」
夕莉は呟いた。
「無人になった街というのは、こういうことがおこるものなんだよ。ほら、行こう」
父にせかされ、夕莉は再び走り出した。
商店街を抜け、しばらく走っていると・・・
「夕莉先輩!」
見ると、そこには見知った2人の姿が・・・
「タケル! 真美!」
「どうして? すぐ非難しなかったの?」
彼女の問いに、真美は
「一度避難はしたんですけど・・・」
「こいつ、どうしても取りに戻りたいって聞かなくて・・・」
真美は、ギリギリ持ち運べるサイズの愛用のキーボードを大事そうに抱えている。
「母が大事にしていたものなんです・・・」
真美は視線を落とす。
「そう」
「シェルターはあとちょっとっす! 僕が先導するんで、ついてきてくださいっ!」
タケルに従い、夕莉達は再び走り出した。
夕莉はタケルに聞いた。
「そういえば、エイジは?」
「えっ?」
「いや・・・そう言えば見てないっすね」
「そっか」
ここにシュウ、威舞、ツバサがいないのは分かる。だが、エイジがいない理由がない。でも、自分達はだいぶ避難が遅い。きっと先に避難したのだろう。
タケルと三言ほど会話を交わす。どうやらタケルの両親と、真美の父は既に非難し終えているようだ。
彼女らは走り続けた。
三度、夕莉の足が止まる。
「・・・!!」
そこには驚くべき光景が広がっていた。
シェルターの入り口前に・・・何万人という人々が我先にとごった返していたのである。

 
11:00
ブリーフィングルームが明るくなっていく。作戦説明が終了したようだった。
俺は目頭の辺りを指で押す。大分目が疲れたようだ。暗い中でずっとモニターを見続ける・・・テレビゲームをやり過ぎた後に似ている。
「いや・・・」
これはゲームじゃないんだ。
リセットは許されない・・・本当の戦い。死と隣り合わせの、戦い。
そして、俺と威舞は作戦の中心的な役割を担う事になる。
 
「大丈夫か?」
 
顔を上げると、影沢さんがこちらを見下ろしている。
「大分怖い顔をしていましたよ」
ツバサの指摘。
「いや・・・ちょっと、自分達の責任の重さに・・・」
「シュウさんが緊張していたんですか?」
「バカ。緊張とかじゃねーよ」
ツバサの言葉を否定する。
ただ、この感情は緊張ではない様な気がしていた。責任の重さに押しつぶされそうになる・・・という表現が・・・。いや、それは緊張か。
「ま、私達も全力でサポートするから、安心しろ」
「はい」
影沢さんのその言葉が心強かった。
「そういえば、威舞は?」
ツバサの言葉に、俺はハッと思いだす。
「そうだ! あいつ、いきなりブリーフィング前に・・・」
俺が紡ぎだそうとする言葉を、影沢さんが代弁した。
「いきなりルームを飛び出していったんだろう? 私も見ていた」
「あいつ、一体どこに? 基地は出ていないと思うんですけど」
「いや、基地は出ている」
「えっ! 急いで呼び戻さないと!」
「焦るな」
影沢さんは俺を抑えた。
彼女は俺の周りのパイプ椅子の一つに腰かける。
「さっき、私も気になって情報を確認した。ちゃんと護衛付きでいどうしているようだ。作戦開始予想時刻の3時間前には必ず帰還可能だ」
「そうだったんですか」
「お前も、相変わらず不安材料が多いな。作戦開始は今日の深夜・・・まだ一日近くあるんだ。ゆっくり休め」
「でも・・・なかなか・・・」
「分かった分かった」
影沢は立ち上がると、こう言った。
「コーヒー、淹れてくる」
彼女は、長い黒髪を靡かせながら部屋を出ていった。
ツバサと俺は二人きりになる。ツバサは俺を見ると、不意に笑いだした。
「何だよ」
「いや、あなたも変わったなぁと思いまして」
「そうか?」
「はい。だって、最初はあれだけ戦いたがらなかったのに」
「・・・まぁ、誰だって手放したくないものさ。平和とか日常は」
「そうですね」
「でも、その平和とか日常ってヤツを見たことも手にしたことも無いやつがいた。俺もそうなるはずだったのに。だから、俺は飛び込んだ」
「戦いに、ですか?」
俺は頷く。
「戦いたくない。平和がいい。日常がいい。そんな事は分かってる。でも、言っていたところで・・・叫ぶだけじゃ・・・何も変わらない」
「はい」
「俺は・・・日常を掴む。勝って、平和を取り戻す」
ツバサは立ち上がると、天井に向かって背伸びをした。俺はツバサに口を開く。
「変わったといえば、お前も変わったよな」
「はい・・・僕は否定はしません。自分でも変わったなと思います」
ツバサは俺の隣のパイプ椅子に腰かけた。
「僕は、ある意味威舞と同じだったんです」
「どういう?」
「基地から出たこと、なくて・・・。僕、ロシアのスパイとして育てられていたんです」
「スパイ? お前が?」
「信じられませんか?」
「あんなに嘘が下手なのに・・・か?」
「だから、あの人は僕に言ったんだと思います『パイロットやるか?』って」
「あの人・・・?」
「あの人は僕にドラムを教えてくれたストレイヴァー第一中隊の隊長です。あの人がいたから、僕はAVSFに出向する事が出来ました」
第一中隊って、確か全滅した・・・あの。
「僕は、彼のおかげでドラムを知りましたし・・・そのお陰でバンドに・・・潜入する事が出来たんです」
「潜入・・・か」
「あの時は、あなたを説得する事だけが目的でした。最初は、シュウさんがどうして日常や平和にこだわるのかよく判らなくて。でも、仲間達と過ごすうちに僕は知ってしまったんです。日常を」
「・・・俺と逆って訳か」
「はい。守るべき価値のあるものだと・・・僕は知りました。だから、守りましょう」
「もう一度・・・みんなでライヴやろうな」
「はい」
 
「・・・まったく、いい話してるじゃねぇか」
 
その声に、俺は振り返る。
ブリフィーングルームの自動ドアにもたれかかっている1人の男。スタッフジャンパーを羽織っている姿。
「・・・エイジ」
「よぉ」
エイジは、こちらに歩いてくる。ジャンパーの色はオレンジ。つまり、整備担当だ。
あまりの驚きに、パイプ椅子を倒すようにして立ち上がる。
「どうして?」
俺の問いかけに、エイジは苦笑いを浮かべた。
「・・・お前の代わりになりたくてさ」
「えっ?」
「オレがこっちにきて、お前よりストレイヴァーっての操縦が上手ければ、シュウは晴れて自由の身になる」
「なんでそんなこと」
「夕莉の為だ。あいつの下に、お前を返すために」
「・・・」
「でも、無理だった」
エイジは手身近にあったパイプ椅子に無造作に腰を下ろす。
「お前の生まれとか、いろいろ聞いちゃって・・・オレがどんだけバカだったかって分かったよ。お前や、威舞の事・・・これっぽっちも理解してやれてなかった。なのにリーダー面しちまってさ」
「そんなこと・・・」
「そんなことある」
「エイジ」
「だからオレは決めた。オレはオレなりの戦いをする。整備兵だろうがなんだろうが、やれるだけのことをやる。そしてもう一度・・・ドリーマーズでライヴをやる」
俺は意地悪そうに笑ってみる。
「辞めた・・・じゃないのか?」
「その分、お前達のウィングストレイヴァーは完璧だ」
どこから取り出したのか、手にしたスパナを輝かせてみせる。
「“アイ”の調子もいいしな」
「“アイ”?」
「お前達のストレイヴァーに積んでるAIの事だよ。AIだから、アイ」
「へぇ」
「今、整備兵たちの間ではそう呼ばれてる。なんでもあのAISX-03Aに積む時に総司令自らがいろいろいじったらしいしな」
「特殊なAI・・・ってことか」
「ま、そういうことだよ。それよか・・・」
エイジは立ち上がる。
「オレはやるだけのことはやった。後はお前達次第だ」
「はい」
「ああ」
俺とツバサは頷いた。
「掴み取るぞ、日常ってやつを」
 
「待たせたな」
影沢さんだった。盆に3つのマグカップを載せている。
「ああ、暁エイジだったか」
「なんですか?」
「整備主任がお前を探していたぞ。なんでも3番機からネジが一本出てきたとか・・・」
エイジの顔が見る見るうちに曇っていく。
「・・・・・・・・・・じゃ」
エイジは眼にもとまらぬ速さで去っていった。
「ったく、何が整備は完璧だ、だよ」
「さっきの、あれは嘘だ」
あっさりとした影沢さんの言葉。
「「えっ!?」」
「あいつがいると、またマグカップを探してこなければいけなくなるからな」
「ひどいっすね、影沢さん」
「・・・あいつの整備に隙はない。主任も褒めていた。若い整備士の中ではトップの技術をもっていると」
「エイジが!?」
「大分勉強したらしい。寝る間も惜しんでな。その上、あいつは毎日ストレイヴァーのシュミレーターを5時間以上こなしている」
「・・・」
つくづくすごいやつだ。暁エイジ。
俺達は、あいつの分まで飛ばなくてはならない。
影沢さんは俺達にコーヒーを配りはじめる。包み込んだ掌に暖かみが届く。
「遅くなってすまなかったな。基地内に民間人が紛れ込んだりしていて大変なんだ」
「民間人が?」
ツバサが驚きの声を上げる。
「なんでも、シェルターに予想以上の人が集まってしまったらしい。仕方がないから何名かはこちらの基地の空き格納庫にスペースを用意したそうだ」
俺は影沢さんに尋ねる。
「シェルターにはその地区の住民の数をちゃんと計算していたんじゃないんですか?」
「どうやら、自分達の地域の避難場所を確認してなかった者が大勢いたらしい。そういう連中が集まって、人の流れに従った結果、ある一か所のシェルターに過密的にあつまってしまったそうだ」
きっと、その人たちはこんな日が来るとは夢にも思っていなかったのだろう。
いや、仮に思っていたとしても心のどこかで『自分には関係ない』と思っていたに違いない。小学校の避難訓練などと同じだ。
「空きシェルターに分散させる事も考えたが、家族連れなども多い為非常に手間がかかる。そこでこの基地に一気に移送する手はずになったらしい」
「そうだったんですか」
「下手な場所より安全ですからね。この基地は。・・・あ、じゃあいただきます」
影沢さんは渡したコーヒーを飲むのを待っているようだった。俺は彼女のコーヒーを口に運ぶ。
「・・・おいしい」
「そうか」
ツバサも顔がほころぶ。
「また影沢さんが淹れたコーヒーが飲めるなんて・・・」
「今回は特別だ。・・・もう淹れないと決めたのにな」
俺は疑問を口にする。
「どうしてですか?」
「・・・私のコーヒーを待っている人が、もういないからな」

 
8/30 16:00
俺は特にする事もなく、基地内をただ徘徊していた。先程までツバサや影沢さんは隊のメンバーと細かいフォーメーションの確認を行っていた。確認を終えると、隊員達は仮眠をとったり家族に電話をかけたりしている。ツバサも影沢さんも、今は仮眠をとっていた。
本当は俺も取るべきなのだろうが・・・あまり眠たくない上、言い知れぬ緊張感が身体を覚醒させ続けていた。
仕方なく、俺は基地内をうろうろしているという訳で。
「それにしても・・・」
俺は時計を見る。かなりの時間がたっているが、一向に威舞は戻ってこなかった。
「シュウ君」
呼ぶ声に振り返る。
「弓月総司令・・・」
年齢を感じさせない眼光に、俺は若干たじろいだ。
「こんなところでどうしたんだ」
「どうもしてないから、こんなところにいる。って感じです」
「そうか。先ほど連絡があって、間もなく威舞は戻ってくるそうだ」
「そうですか」
こうしてみると、総司令は普通にかっこいいおじさんだった。とても、AVSFの総司令官とは思えない。そう言えば、弓月総司令が実際AVSFでどの程度の地位にいるのか俺は知らない。この基地の総司令という意味なのか、それとも。聞こうかと思ったが、何故か気が引けた。
「もし暇なら、来るか?」
「えっ」
 
16:12
俺は弓月総司令の部屋に通された。ここに来るのは二回目だったが、相変わらず部屋に鍵などは掛けられていない。セキュリティーが不安な組織である。
総司令は部屋の奥の社長的机に就いた。俺は何となく来客用のソファーに腰掛ける。
「ギター、引かれるんですよね」
俺はふと、部屋の片隅に置かれたアコースティックギターを示した。
「昔の話だよ」
「威舞が聞いたって」
「ああ。あの子、ここに来た時にそういう音楽とか、嗜好品などを全く知らないそうだから、俺が試しに弾いてみたんだ」
俺と一緒だ。
総司令は、威舞に教えようとしたんだ。
 
俺はボーっと弓月総司令を見つめた。
彼は、部屋のブラインドを上げると、ストレイヴァーが整備されている格納庫の様子を見守っている。
しばらく、部屋は沈黙に包まれた。
でも気まずい感じはしない。むしろ、居心地のいい静けさだった。
「・・・」
その静けさを、弓月総司令は破る。
「怖いか?」
「・・・怖くない・・・訳がないじゃないですか」
「そうか」
「でも、俺は決めたんです。日常を取り戻すって」
「日常?」
「守るべき、価値のあるものを」
総司令は、椅子から立ち上がる。
「彼女・・・加奈子にとって、君が守るべき価値のあるものだった」
「えっ」
「だから俺は、加奈子が守ろうとしていたものを戦場へ送りだそうとしている。もし、シュウ君が降りたいのならば・・・」
「やめてください」
俺も、ソファーから立ちあがっていた。怒りではない、違う感情が。
「やめてください。総司令」
「・・・」
俺は微笑む。
「そう簡単に死ぬつもりはないですよ」
「シュウ君」
「あと、前から思っていたんですけど、そのシュウ君っていう呼び方やめてもらえますか? なんか俺、君付けって落ち着かないんです」
弓月総司令に君付けで呼ばれる事は前から苦手だった。昔から君付けは苦手だったが、総司令の場合何か違った感覚が『落ち着かない』と告げている。
「なら、俺も1つ言おうかな」
「なんですか?」
「その、総司令・・・という呼び方はやめてくれないか?」
「どうして?」
「いや、どうしてと言われても・・・。シュウは影沢の事は隊長とは呼ばないだろ?」
「隊長になったのは最近じゃないですか?」
AVSFは軍隊ではない・・・その総司令というのがどうしても階級臭くてな、落ち着かないんだ」
「分かりました。じゃあ、弓月さんで」
「ああ」
その後も俺はいろいろな話をした。
学校の事、バンドの事、ライヴの事・・・威舞の事。
何故か、俺は恥ずかしい話であるはずの威舞の“結婚”について話をしていた。
「ウェディングドレスか・・・」
「はい」
「着るだけなら、影沢が持っているはずだ」
俺は驚く。影沢さんが?
「元を辿ると、シュウの母さんが使ったものだ。いつか、結婚式を挙げる時の為に用意したものらしい。挙げる事は出来なかったがな。そのドレスは俺が預かっていたんだが、じき結婚するという影沢に渡したんだ。結局影沢も、式を挙げる事は出来なかった」
「でも、そのドレスを威舞が着る事はないと思います」
「どうして?」
「あいつには、俺やこことは関係ない・・・もっと違ういいやつと結婚してほしいんです。だから、少なくとも今は・・・」
弓月さんは、何故か笑い始めた。
「そっくりだな、君は。父親に」
「えっ」
「君の父親も、母親に告白のようなものをされてな・・・。彼はそういったことに無頓着だったから、かなり戸惑ったそうだ」
 
ノックの音。
 
弓月総司令の「どうぞ」という言葉と同時に、銀髪の少女が中へ入って来た。
「威舞!」
俺は彼女に駆け寄る。
「どこ行ってたんだよ」
「・・・ごめん」
威舞は俯いてしまった。反省しているような雰囲気だ。
「後で作戦説明するから」
俺の言葉に威舞は、「うん」と頷く。
俺は再びソファーに腰掛けた。威舞も俺にならい、隣に腰掛ける。弓月さんはそ
んな様子を微笑ましげにみていた。
「ねぇ、シュウ」
「ん?」
「そうしれいのギター、聞いたことある?」
「まだないけど・・・」
「すごーいんだよ」
「すごーいのか?」
俺は弓月さんを見た。首を振っている。
「ダメだってさ」
「どうして?」
出た。威舞の「どうして?」コール。
「最近触っていないからな。期待しているような演奏は出来ない」
「じゃあいつか・・・」
「いつか、か」
弓月さんは苦笑する。
「そのときはシュウも一緒」
威舞は俺と弓月さんの顔を交互に見る。
「2人でやれってか?」
頷く威舞。
「でも俺のはエレキで、あっちはアコギだし」
「なんとかなる」
満面の笑みと言うわけではなかったが、今までの威舞にはない笑顔で俺と弓月さ
んにグッと親指を立てた。
なんか、エイジみたいな適当さだ(苦笑)
「わかったよ」
弓月さんは渋々了承した。
「俺もちょっと興味がある」
意外な言葉に俺は驚いた。
「えっ」
「いつか・・・な」
遠くを見つめる弓月さん。
「弓月さんとかぁ」
「弓月さん・・・?」
慣れない呼び方に威舞は戸惑ったらしい。
「総司令より、そっちの方が落ち着くんだってさ」
俺の解説。
「うん、じゃあ私もゆみづきさんってよぶ」
弓月さんは笑顔で頷いた。
2人のギター、たのしみ」
 
こんな笑顔も出来るようになったのか。威舞。
俺は少し、嬉しくなった。
 
この空間が好きだった。
この部屋が好きになった。
弓月さんは威舞に苗字を与えた。それは、家族を教えたかったんだと思う。
俺は、威舞と今は暮らしている。
 
今この部屋にいる俺達は・・・家族みたいだった。

 
8/30 23:12
基地に響き渡るエマジェンシーコール。
 
『ヴォルヴ隕石が大気圏降下準備を開始。ストレイヴァー各機は発進準備。パイロットは機体にて待機』
 
ブリーフィング時に悪態をついていたパイロット達も、自らの機体に向かって駆け出していく。
通常、STRAIGHVERはデルタキャリアーと呼ばれる大型輸送機によって作戦ポイントまで輸送される。だが今回は機体の数の多さと、都市防衛という観点から基地から直接の出撃になる。
俺はSXW-04A/Eウィングストレイヴァーで、作戦開始の時を待っていた。
≪パイロット不在≫
とモニターには表示されている。実は威舞はこの機体にまだ乗っていないのだ。機体待機命令が掛った際に「先に乗ってて」と、どこかに行ってしまったのだ。
「わかってる。もうすぐ来るよ」
と、俺はモニターの奥のAIに告げた。
≪肯定≫
「なぁお前、“アイ”って呼ばれているらしいな」
≪肯定≫
「もっといい名前、欲しくないのか」
≪どちらでも可≫
「欲ないんだな」
≪自身をAI認識。AI、または機体名で自を確認≫
「ふーん」
すると、AIは不思議な事を言い出した。
≪パイロット“アダム”、“イブ”と認識中。名称変更可≫
「名前を登録変更できるって事か?」
≪肯定≫
「じゃあ、夜霧シュウと・・・弓月・・・」
俺は、ある事を考えた。
少し恥ずかしい。でも、大切なこと。
気恥ずかしくなった俺は、相手がAIとは言え口を噤んだ。
「やめた。現状のままで良し」
≪了解≫
ちょうどその時だった。
外部からの操作でキャノピーハッチがオープンされ、威舞が中に入ってきた。
「どこ行ってたんだよ。また」
「ちょっと」
彼女はコンソールを操作すると、キャノピーを閉じる。複座式のコックピット。前部に威舞、後部に俺が搭乗している。
彼女は座席から身を乗り出すようにして、俺と向き合った。
「はい、これ」
彼女が手渡したもの・・・白い小さな紙袋。
「これって・・・」
「誕生日、プレゼント」
「もしかして、これを取りに行くために一度基地を抜け出したのか?」
威舞は頷く。
「ごめん、俺・・・朝家に置いてきて」
「だいじょうぶ。また今度でいい」
「そうか」
俺は紙袋に視線を落とす。
「見ていいか?」
「うん」
袋の中に入っていたのは小さな箱。その箱の中には・・・
「これって」
銀色の、指輪だった。
威舞は口を開く。
「もっとはやくにわたそうと思った。きちに帰ってきたらすぐに。でも、ふたりきりがよくて」
頬を赤らめる威舞。
「やっぱり、結婚、したい・・・。結婚したいあいてには、ゆびわを渡すって、影沢さんが」
「影沢さん・・・」
間違っている。いや、わざと教えたのかもしれない。それは普通男から女の人にであって、逆のパターンはあまり聞かない。というか、ない。
「なぁ、威舞。この間も言ったけどウェディングドレスを着たいだけなら・・・」
威舞は首を振った。
「シュウと結婚したい」
「だから」
「結婚のいみ、聞いた」
「えっ」
 
「本当に好きなひとどうしが、ずっと一緒にいる・・・それが結婚なんだよね?」
 
「ああ」
「ウェディングドレスはきてみたい。でも、それだけじゃない。私、シュウと結婚したい」
「威舞・・・」
彼女の眼は、まっすぐ俺を見つめていた。
俺の気持ちは1つだった。
でも・・・
「ありがとう」
俺は威舞の眼を見つめる。
「でも、俺達にはまだ・・・やるべき事がある」
そう、俺達が持って生まれた使命。
「それを果たすまで、俺はまだこれに指を通さない・・・それでいいか?」
彼女はゆっくり、首を縦に振った。

 
8/31 0:05
夜が明ける。再びワーニングランプが鳴り響く。
『ヴォルヴ隕石が降下を開始』
オペレーターの声が轟いた。
 
『各機ストレイヴァー発進準備!』
 
 
STRIGVER 第二章 破滅〜CATASTROPHE
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『第一陣M01隊スタンバイ』
影沢さん達の隊である。
「了解。影沢薫、SX-02Eエクストレイヴァー“剣”。出る」
先陣を切って、基地内のカタパルトから射出される白銀と紫の機体。
続いて、10機ほどの量産機エムストレイヴァーも出撃していく。
M01隊は背中にウィングのような大きなユニットを装着している。機動性を重視した仕様だ。
 
『続いてM02隊、スタンバイ』
オペレーターの声に呼応し、ツバサが口を開く。
「了解。ツバサ・ハイヴルフ、SX-03Aエクストレイヴァー“刃”。発進します」
白銀と緑の機体が出撃する。続いてM01隊と同じく10機ほどの量産機達が基地から飛び出していった。先程ツバサらに噛みついてきたジャイリー・マッケンジーもこの隊の所属である。
M02隊はそれぞれに重火器やミサイルポッドなどを装備している。火力を重視した装備だ。その分機動性は犠牲にされている。
 
上空にて敵を待ち構える影沢隊=M01
M01隊が逃した敵を焼き払うべく、地上に展開するツバサ隊=M02
 
作戦はこの二段構えで行われる。
 
「来たっ、各機・・・攻撃準備!」
影沢さんの声にパイロットは身を引き締める。
機体のモニターには東京湾上に降下する三つの隕石の姿が映し出されていた。
「よし。M01隊、てぇぇぇっ!!」
影沢さんの命令に合わせ、一斉放火が隕石に浴びせられる。隕石は煙に包まれた。影沢は分かっていた。この程度の攻撃がヴォルヴに致命傷を与えられないということを。
隕石は崩壊する。いや、分離と言うべきか。中心のフォートレス級を空に残し、残りのスパイダー級は地面へと落下していく。
M01隊、隊形を崩さず可能な限りスパイダー級を落とせ。全機、私に続け」
二振りの剣を抜いたエクストレイヴァー隊は、上空にてすれ違いざまに攻撃を試みる。
「フォーメーション、アローデルタ」
くさびを打ち込むような体制になり、地上に降下しようとするスパイダー級を切り裂いていく。
『しまった、一機逃したっ』
一人のパイロットのぼやきが通信を通して影沢に届く。
「構わん。私は全て空中で落とせとは言っていない。可能な限りでいい。残りは・・・」
『こっちに任せてください。そちらはフォートレス級を』
 
降下した100隊ほどの蜘蛛型ヴォルヴ。
都心をその巨体を揺らしながら進んでいく。だが、それ以上の侵攻ツバサ達、M02隊は許さなかった。
「各機ストレイヴァーはなるべく距離を取り、火器にて迎撃せよ。フォーメーションA-3
31チームとなり、攻撃を加えていく。
都心のビル街を縦にしながら、ストレイヴァーは見事な連携でヴォルヴ達を駆逐していった。
以前はヴォルヴに通用しなかった実弾による火器も、戦術データの蓄積による新型弾頭開発によりある程度有効なものとなっていた。
だが、その全てが有効と言う訳ではない。
『くっ、ミサイルは当たったのにっ』
バズーカを近距離で発射した機体にヴォルヴが迫る。蜘蛛型ヴォルヴは身体の半分を失いながらも、獰猛にその牙を煌かせていた。近接戦に移行しようとするが間に合わない。
搭乗しているジャイリーは、歯を食いしばった。
刹那、
「はぁっ!」
間に割って入るSX-03Aエクストレイヴァー。白銀と緑のツバサの機体。
31チームの小隊を忘れないよう。連携をして、必ず近接戦に備えてください。ヴォルヴに常識は通用しません」
『了解した』
「小隊は他小隊の位置を把握して、孤立しないように。なるべく連携をとってください」
ビル街は入り組んでいる為に、攻撃しやすいが孤立もしやすい。非常に危険だ。
「各機、大通りへ敵を誘導してください。後退して、一気に殲滅します」
『『『了解』』』
ツバサは機体を操り、ヴォルヴにミサイルを放ちつつ後退する。
『・・・ありがとう』
ジャイリーの言葉、通信でツバサのみに届けられた。
「勝ってから言ってください。それまで、死なないように」
ツバサはスロッドルを絞った。
 
「シュウ?」
威舞は振り返り、後部座席に座っている俺を見つめた。
「まだ?」
「俺達はまだだ。出撃命令まで待機だ」
「・・・うん」
俺達の攻撃目標はフォートレス級でも、ましてやスパイダー級でもない。それらの上に存在する、もっと強大な相手である。
ターゲットはその相手のみ。俺達は温存されている。今はただ、待つしかないのだ。
 
「行くぞ、各機続け」
影沢の号令に続き、上空のストレイヴァーは行動を開始する。
影沢が操るエクストレイヴァーに続き、量産型のエムストレイヴァーが巨大な敵に肉薄していく。
近寄せまいとするかのように、甲羅のような背に配置された赤いプリズムから光の帯が放たれる。銀色の機体達は即座に回避行動を取った。
「直線で動くな! 必ず円運動をとれっ」
敵から見て円を描くような運動を取りながら、影沢達のM01隊は100mはあろうかというフォートレス級に接近した。
「今だっ」
赤いプリズムに向かって、各ストレイヴァーの火器が放たれる。地上部隊であるM02隊と違って高威力のミサイルなどではなく、100mm速射マシンライフルである。が、強化された弾丸のおかげか損傷させるには十分だった。光の帯という攻撃手段を失ったヴォルヴなど、影沢操るストレイヴァーにとって赤子同然だ。
「援護しろっ」
影沢の機体は両腰から剣を引き抜く。対装甲重斬剣“ブレイカーソード”。
影沢のエクストライヴァーを支援するように、他の機体から弾丸が浴びせられる。
彼女は迷うことなく、ヴォルヴの首を叩ききった。断末魔の叫びをあげながら地面へ墜落していく鋼鉄肉の塊。
『す、すげぇ・・・』
あっけにとられる他のパイロット達。驚きの声は通信で影沢のもとへと届く。
「見ている暇があったら援護しろ。まだ終わっていない」
影沢は残っている空に残っている2体の巨体=フォートレスヴォルヴを睨みつけた。
「北側のを落とす。M01隊、フォーメーション・ヴイデルタで行く。十字砲火でプリズムを無効化させる。回避行動を忘れるな」
『了解っ!』
北の空へと飛翔するM01隊。
高速で夜空を飛翔するその白銀の姿は、流れ星を想起させた。
 
0:14
ここは、AVSF日本支部基地。メインオペレーションルーム。各地の戦況がモニターを通じ届けられていた。オペレーターの女性が暮乃と弓月に状況を伝える。
「ストレイヴァー隊、消耗率5%以下」
「ヴォルヴ群、現在43%が沈黙。こちら残るV-2F(フォートレスクラス)は2体」
「各地も同様。戦闘状況終結まで10を予定」
状況はこちらが押している、と言う事になる。残り10分もすれば全ての敵を沈黙させる事が出来るとの予想だった。
「ストレイヴァー隊はそのまま攻撃を続けろ。索敵班はV-3Eに対する行動を続行だ」
「了解」
暮乃がモニターを見ながら指示を出していく。
安心は出来ない。まだ本丸とも言える敵が現れていないのだから。
「・・・総司令」
暮乃は横に立つ弓月の顔を見る。状況はこちらに有利ではあるが、彼の顔は晴れていない。
「・・・順調すぎる」
「はい」
彼らの予想では、ヴォルヴ相手にもっと苦戦すると思われていたのだ。戦闘データが以前より蓄積されたとはいえ、未知の生命体であることに変わりはない。幾度となく苦戦してきた相手なのだ。
戦闘開始から約10分、ここまで有利に状況が進んでいることが、逆に気味悪く感じた。
「このまま行けばいいんですが」
暮乃がそう呟いたとき、事態は起きた。
オペレーターの声が轟く。
「索敵班が強力なエネルギー反応を確認。東京湾上です」
「映像、出ます」
中央の大型モニターにそのエネルギーの正体が映し出された。
「これは・・・」
そのあまりの大きさに、暮乃は絶句した。ストレイヴァーが約20m。フォートレス級は約100m
その10倍はある・・・つまり、全長1000m1km
しかもフォートレス級は横に長いのに対し、この画面いっぱいに表示されたヴォルヴは人間のように立っていた。
そう、人間だ。
いや・・・神と言うべきかもしれない。白い光を放ちながら・・・まるで神を想起させるような形で立っている。敵ながら、神々しいとさえ感じた。
弓月は唇をかみしめる。
「間違いない。V-3E・・・エンジェルヴォルヴだ」

 
 
0:17
「間違いない。V-3E・・・エンジェルヴォルヴだ」
暮乃は弓月の言葉を聞くと同時に、オペレーターへ指示を送る。
「ウィングストレイヴァーを発進させろ」
「待ってください!」
オペレーターの声に、暮乃の指示が遮られる。
V-3Eの周囲に、先程の50倍のヴォルヴ隕石が降下! 全てフォートレス級です! 世界各地にフォートレスヴォルヴが展開していきます! その数・・・5000体」
映像は巨大なエンジェルヴォルヴの周りに無数の隕石が落ちてくるところで途絶えてしまった。
「何っ!!」
「その内の一体、こちらに高速で向かってきます」
「こちらとは!?」
「この基地です」
弓月は息を飲んだ。
(まさか・・・直接ゼロを破壊するつもりか!? 全てのストレイヴァーの始祖ともいえる、ゼロを・・・)
暮乃はオペレーターに指示を出す。
「ウィングストレイヴァーを出せ。接近するフォートレスヴォルヴを撃ち落とすんだ」
「待て」
暮乃を弓月が静止させる。
弓月は一人のオペレーターのもとへと駆け寄った。
 
0:17
エンジェルヴォルヴが出現した。俺達の出番であろう。
「メインオペレーションルーム。こちら、ウィングストレイヴァー、発進準備に移行します」
俺達が狙うべきターゲット=V-3E=エンジェルヴォルヴ。
頂点に立つであろうエンジェルヴォルヴを破壊できれば、下で指令を受信しているスパイダー級やフォートレス級の両方を沈黙させる事が出来る。数の不利を覆すことが可能になるのだ。
「威舞、行くぞ」
「シュウ、うん」
俺達は機体内のコンソール類を操り、発進シークエンスに移ろうとした。だが・・・
 
ガシャンッ!
 
基地内に爆音が鳴り響く。ここが震源地と言わんばかりの大きな揺れだった。
「なんだっ! オペレーションルーム」
俺は状況説明を求めた。
『大量発生したヴォルヴの一体が基地内へ侵入!』
「そんな・・・!」
慌てる俺に対して、威舞は冷静だった。
「敵の位置は?」
『現在、防御隔壁第一層を突破』
「まずい・・・」
威舞の顔が曇る。
「どうしたんだよ」
「第四層に、避難してきた人たちがいる・・・」
くっ・・・。
俺はオペレーションルームに告げる。
「こちらウィングストレイヴァー。今からハッチを逆から戻れば、第三層のカタパルトデッキまで戻れる! そこでヴォルヴの迎撃に当たる!」
『それは出来ない』
オペレーターの声が変わった。この声は・・・
「弓月さん!」
『ウィングストレイヴァーは直ちに発進。エンジェル級ヴォルヴの殲滅に当たれ。作戦通りに動くんだ』
「でも・・・!」
『大量発生したヴォルヴは、各地のシェルターに向かった。今までのヴォルヴは全て囮だったんだ。ストレイヴァー隊をシェルターから引き離すための』
確かに、レーダーをチェックするとM01隊とM02隊は他のヴォルヴと戦闘で身動きが取れそうになかった。
しかし・・・!
「なら尚更、俺達が迎撃に回らないと・・・第四層の人たちが・・・」
『世界中で同じ事が起きている。今君達に出来るのは、ウィングストレイヴァーでトップを破壊する事。全てのヴォルヴを無力化するにはそれしかない』
フォートレス級が無数のスパイダー級を従えている。同じ事がエンジェル級にも言えることが判明している。
エンジェル級を倒せば、全てのヴォルヴが沈黙するのだ。
俺は歯を食いしばった。
時間がない。
「・・・了解」
「・・・シュウ」
『安心しろ。ここは、俺が何とかする』
通信から聞こえる、弓月さんの予想外の言葉。
『・・・任せたぞ』
その言葉と共に、通信は終了された。
不安そうに振り返り、俺の表情を見つめる威舞。
「行くぞ・・・」
今は、俺達がやるしかない。俺達しかいないのだ。
「でも」
「第四層に到達する前に、エンジェル級を落とす」
威舞は逡巡の後、頷いた。
発進準備のシークエンスは終了した。拘束具が解除され、出撃可能を示すグリーンのランプが灯る。日高形態であるファイターモードのウィングストレイヴァーはいつでも発進できる状態になった。
 
「夜霧シュウ」
俺は前を見据えた。カタパルトからは見える景色は暗い夜の空。時折煌く赤い光は激しい戦闘を示していた。
「威舞」
同じく威舞も先を見据える。操縦桿を握りなおした。
SXW-04A/Eウィングストレイヴァー」
・・・やるしかない、俺達が。
「「行きます」」
 
真紅の機体は、夜空へと羽ばたいていく。
俺の耳から、弓月さんの言葉が離れる事はなかった。
 
0:20
その頃、メインオペレーションルームでは
「弓月総司令!」
暮乃が弓月に駆け寄った。
「どうするんですか!? このままでは第四層の人間が・・・」
SX-01をスタンバイさせろ。指令室は任せた」
弓月は踵を返しオペレーションルームを出ようとする。が、暮乃は弓月を放っておくわけがない。
「待ってください・・・」
暮乃の双眸は、驚きで固まっている。が、弓月が何を言っているのかは即座に理解したようだった。
SX-01に乗るという事がどういうことなのか、分かっているはずです」
「今この基地に残っているストレイヴァーはゼロと、あのSX-01“拳”のみだ。第五層にある機体を今から出撃させれば、第四層に到達と同タイミングで迎撃にあたれる・・・そういうことだ」
「確かにそうです。ですが」
「異論は認めない。これは命令だ」
弓月は必至に制止する暮乃の横を通り、機体へ向かおうとした。
「・・・あなたの身体は」
「・・・」
G-2Aである、あなたの身体は・・・もう・・・」
Generation-2Adam・・・自分を示す言葉に弓月は唇をかみしめる。
 
「行かせてくれ」
 
弓月は歩を進めた。ルーム内から走り去っていく。
彼がいなくなったメインオペレーションルーム。何名ものオペレーターが暮乃の指示を待った。
暮乃は数秒の間、目を閉じた後、指示を送る。
 
「アブサフ隊員達で第四層の住民の避難を開始。同時にSX-01をスタンバイ」
 
弓月の決意を、無駄にする訳にはいかなかった。
 
0:22
AVSF基地第四層では、住民たちを第五層、第六層への避難が進められていた。第五層はもともとストレイヴァーの小型サイズの予備パーツなどを保管しておくためのスペースでそれほど大きなものではない。もっとも、ストレイヴァーサイズから見た話で人間から見れば通常の体育館の三倍ほどの広さはある。
ただし、出入り口に関しては3倍とはいかなかった。どこの倉庫にもある鉄製の扉で、サイズも普通である。その為、一度に通れる人数が少なく避難は手こずっていた。
下手に急かせば、パニックがおき将棋倒しと言った事態になりかねない。
ゆっくりと動いていく人の波。
その中に夕莉とその両親、タケル、真美の姿もあった。
「どうしたんでしょう。もしかしてここまで来るんでしょうか?」
心配そうな表情の真美。
「大丈夫だって。念のためってやつだよ、きっと」
「でも誘導してくれている人たちは銃を・・・」
自分達を誘導してくれてる人たちの肩には、大型のライフルが掛けられていた。
「ここ基地だもん。銃ぐらいもってるんでしょ」
後輩の手前、夕莉は気丈に振る舞う。だが心中は穏やかではなかった。自分の身の心配より、今戦っているであろうシュウのことが気になって仕方ないのだ。
「とにかく、みんな離れないように。しっかり手を繋ぐんだ」
ものすごい人の流れだった。確実に2000人以上はいる。
5人はしっかりと手をつないだ。離せば人の波に飲み込まれて確実にはぐれてしまう。
「あれ」
タケルが声を上げる。
「あそこにいるの、エイジ先輩じゃ」
彼の視線の先には、オレンジ色のジャンパーを羽織り、手にはライフルを持ったエイジの姿があった。
 
「急いでください!」
エイジは焦っていた。早く避難を完了させなければ、ヴォルヴがここに到着してしまう。避難を速めなければ。しかし、整備主任にその考えを否定された。
「あまり急がせるな」
「でも」
「ここで将棋倒しにでもなってみろ。大変な事になる」
「そうかもしれないですけど」
「お前も落ち着け。いつも陽気さはどこにいった」
エイジは感情を表にするタイプの人間だが、それは明るい感情での話。焦りや怒りと言った感情をあらわにする事はほとんどなかった。
そんなエイジが、言い知れぬ感情を胸の中に感じていた。
(焦り・・・?)
いや・・・何かが違う。
もっと別の、胸騒ぎのような・・・。
胸騒ぎは、的中した。
 
「エイジ・・・!」
 
自分を呼ぶ、聞き覚えのある声。一度たりとも忘れたことのない、声。
振り返ると、1人の少女が自分に向けて駆け寄ってくるのが見えた。
「夕莉・・・!?」
「エイジ、どうしてここに・・・!?」
夕莉はエイジに向けて駆け寄りながら大声を飛ばす。彼女は格納庫の中を走った。
仲間との再会が、ただ嬉しかったのだ。
しかし、エイジとの距離が30mほどになったかという時。
 
突き上げるような振動。そして地響き。
瞬時にエイジは理解した。迫る脅威を。
「逃げろ、夕莉!」
 
第四層の外壁が突然破壊された。コンクリートが雪崩のように崩壊する。破片は下にいた人々を巻き込んだ。その中には・・・夕莉も・・・。
「夕莉っ!!」
エイジは彼女に駆け寄る。彼女の下半身は瓦礫の中に埋もれていた。出血している。
「夕莉、夕莉っ!!」
必死に彼女の身体を揺するが、反応は全くない。彼女の瞳は閉じている。
夕莉の口が、小さく動いた。
「・・・シュウ」
「・・・」
 
外壁を破壊したと同時に、内部へフォートレス級のヴォルヴが侵攻を開始した。
瓦礫に巻き込まれる事がなかった人々は、我先にと扉に殺到する。
そんな人々に、容赦なくヴォルヴは牙をむいた。
 
・・・喰らうのである。
 
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
最早地獄絵図以外の何物でもなかった。ヴォルヴの獰猛な牙は、倒れた夕莉に駆け寄ろうとしていた彼女の両親でさえもただの肉片に変えてしまった。あたりに充満する錆びた鉄の匂い。滴る赤黒い液体。
 
真美は眼を伏せた。
「見るなっ・・・!」
真美にこの惨劇を見せまいとするように、タケルは彼女を覆った。
 
ヴォルヴの獰猛な牙は・・・やがて、倒れている夕莉、そしてエイジに向けられた。
「・・・やめろ!」
エイジはライフルをヴォルヴの頭部に向けた。
「うぉぉぉぉっ!!」
無数の弾丸が、肉を欲する獣へと放たれる。しかし、かすり傷一つ付ける事は出来ない。
「くっ・・・」
巨大な口が開かれた。食われる・・・っ!
エイジは瞼を硬く閉じた。死を・・・覚悟した。
 
しかし、いつまでたっても痛みは感じない。
ゆっくりと瞼を開く。
「あれは・・・!」
一体のロボットが、ヴォルヴの動きを封じていた。機体整備を担当していたエイジは知っている。
SX01・・・」
乗り手がいないはずの、不完全(・・・)なストレイヴァーだった。

 
0:25
(間に合わなかった)
その現実が、弓月の胸を苦しめる。
もうこれ以上被害を出すわけにはいかない・・・!
想いと闘志が、操縦桿を握らせた。
SX-01エクスストレイヴァー“拳”は、ヴォルヴの前足にあたる部分をがっちりと両手でホールドした。
「フィールドを変えるぞ」
呟いた弓月は、ブースターアクセルペダルを思い切り踏んだ。
フォートレス級のヴォルヴを突入してきた穴から逆に外へと押し出す。
ブースターを全開にし、第四層から地上までの何百メートルという距離を一気に飛翔した。
相手は重量級であるフォートレスヴォルヴである。他のストレイヴァーなら不可能であろう。
だが、エクスストレイヴァーはそれを可能とした。
 
ギギギギギッ!
 
捕縛しているストレイヴァーの腕の中で暴れる巨大なヴォルヴ。
「じっとしていろ」
ストレイヴァーはパワーを上昇させ、ヴォルヴの動きを封じた。
元々、ゼロのデータから人間がサル真似同然で作り上げた機体である。その為か、パワーと機体の堅牢さでは右に出る機体はいない。
現在、ツバサ・ハイヴルフや影沢薫が搭乗しているエクストレイヴァー、シュウや威舞が搭乗しているウィングストレイヴァーは後継機に当たる。
この機体はゼロとは違う意味で、全てのストレイヴァーの元になった機体である。
ただし・・・。
「ぶぐっ・・・」
弓月は吐血した。
 
――パイロットのことは考えられていなかった。
――そして、パイロット自身も、ただのプロトタイプに過ぎなかった。
 
地上に到着するエクストレイヴァーとヴォルヴ。
エクストレイヴァーはヴォルヴを硬い大地へと叩きつけた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
視界が霞む。
今の加速で前進に負荷が掛かり過ぎた。
手に力が入らない・・・。
機体の動きが一瞬止まる。
その隙をヴォルヴが見逃してくれるはずもなかった。
牙を向き、迫るヴォルヴ。
 
「父親がカッコ悪く死んんだら、ダメだろ? 加奈子」
 
弓月は最期の力を振り絞る。
 
「・・・ストレイヴァードライヴ」
 
光の粒子が右腕に収束する。
ゼロを真似ただけの機体ではあるが、その分攻撃力は高い。
この技も、その1つ。
 
 
「インパクトブレイカーっ!」
 
放たれる右腕。
まるでロケットのように撃ち放たれた右腕は、衝撃波とともにヴォルヴの胴体を貫いた。
“拳”機体の二つ名の由来にもなっている技。
 
ヴォルヴは、爆散した。
 
0:30
『弓月総司令』
・・・通信、暮乃か。
通信機を操作し、暮乃へ繋げる。
「暮乃・・・」
『ご無事で?』
彼の返答をせず、弓月は聞いた。
「ウィングストレイヴァーは?」
『現在、エンジェル級と戦闘中です』
「そうか・・・」
『今から救護班を』
弓月は通信機を切った。
 
弓月は、前もって用意していたデータをウィングストレイヴァーへと送信する。
 
コックピットのハッチを開く。
夜風が冷たかったが、生の眼で見たいと思った。
 
闇夜に顔を向ける。
戦闘の激しさを示す爆発。まるで夜空に咲く花弁のようだった。
この中に、シュウがいる。
 
「最後に・・・いい夢をみた。ありがとう」
 
ギター・・・セッション・・・か。
弓月は眼を瞑る。
 
「加奈子・・・今・・・」
 
NE.49/8/31 0:32
SH計画名“G-2A” 
             弓月厳一 戦死。

 
0:30
エンジェルヴォルヴに接近しつつあるウィングストレイヴァーに、一通のデータが送られる。
「なんだ、これ」
俺は開こうとするが、プロテクトが掛かっており開くことが出来なかった。
「シュウ」
威舞の言葉に、俺はデータを開くことを諦めた。
今はこの巨大すぎる化け物を倒すことが先決である。
 
――エンジェルヴォルヴ。
 
海上に浮かぶその巨体は、人のようでもあり・・・神のようでもあり。
輝く巨体は、まるで自分たちの力が届かないもののようで。
あまりの存在感に、一瞬飲み込まれそうになる。
「シュウ!」
威舞の声に、俺はハッとした。
「ああ、行くぞ」
今は時間がないのだから。早くこいつを倒さなければ。
 
「ストレイヴァー! バトルモード!」
STRAIGHVER BATTLE MODE
 
コンソールの文字の表示とともに、一瞬で機体が人型の戦闘形態へと姿を変える。
 
「いっけぇぇぇっ!!」
放たれる無数のビームの光条。
 
≪全弾命中≫
 
しかし、AIの表示とは裏腹に全くダメージを与える事が出来ない。
「どうして・・・!?」
≪敵バリア強固。遠距離兵器効果減≫
「ってことは、近距離兵器なら有効なのか」
≪可能性有≫
「・・・威舞!」
威舞は俺の意図を瞬時に汲み取った。
「ストレイヴァー ファイターモード」
戦闘機形態へと姿を変えるストレイヴァー。
ブースターに火がともった瞬間、強烈な加速と共にエンジェルヴォルヴへ接近を試みる。
だが・・・。
 
≪敵光粒子増大≫
AIの危険を告げる表示が出るかでないかという時、刹那、威舞は操縦桿を引き上げた。
エンジェルヴォルの“全身から”、ビームが発射されたのだ。
フォートレスヴォルヴの攻撃にも大分苦しめられたが、そんなものの比ではないくらいのビームの数。
「くっ!」
威舞は機体が耐えられるギリギリの機動を取る。限界一杯まで加速をつけ、機体を捻る。
ビームの光条同士がぶつかり、相殺された。
「接近できないのかっ!」
 
その後もビームは止まる事はない。寧ろ数が増えているように感じる。
攻撃どころか、回避に集中するほかなかった。
「どうすれば・・・」
時間がない・・・何とかしなければ。
俺は自分が焦っている事を感じた。
 
 
0:40
「・・・くっ」
押されている、と暮乃は思った。
当初優勢だったストレイヴァー隊だったが増援部隊の到着で一気に形勢が逆転してしまった。
敵ヴォルヴ群はここの地下にある“ゼロ”を目標としていると思われ、無数の敵が接近してきている。
ツバサ・ハイヴルフが隊長であるM02隊が防衛ラインを下げて対応しているが、いつまでもつのか分からない。
M01隊も、大量のフォートレス級に対して防御陣形にて対応している。
「消耗率45%・・・まだ良い方か」
このままでは全滅も有りうる。
それを避けるためには、ウィングストレイヴァーが一刻も早くエンジェルヴォルヴを叩く必要があるのだが・・・予想以上の反撃に合い、攻撃の隙を与えさせてはくれない。
 
オペレーターの声が上がる。
「中国、イギリス、沈黙・・・!」
「アメリカ、消耗率80%・・・もう持たないとのことです! エンジェル迎撃はまだなのかと!」
 
暮乃は歯を食いしばる。
「こんな時、あの人はどうしていた・・・っ」
 
通信がオペレーションルームへと入る。M01隊隊長、影沢薫だ。
『こちら影沢。時間がない。M02隊にフォートレスヴォルヴの迎撃を任せることは可能か』
「こちか暮乃。ツバサ、可能か?」
『ギリギリですが、3分間なら持たせます』
「だそうだ」
『了解した。ではこれよりM01隊はウィングストレイヴァーの援護に回る』
「何をするつもりだ」
『・・・餌になる』
影沢の通信はそこで切れてしまった。
 
0:45
「もう・・・機体が」
威舞が悲痛な声を上げる。駆動系が限界に達している。
20波目の攻撃が発せられようとした時だった。
 
エンジェルヴォルヴに別の射角から攻撃が入ったのだ。
 
「だれ?」
俺達の視線の先の機体。フライトユニットを装着したエクストレイヴァーと、僚機である4機のエムストレイヴァー。
『こちら影沢』
「影沢さん!」
M01隊、これよりウィングストレイヴァーの援護に回る。全機散開! ビームの射角をバラして、ウィングストレイヴァーが入れる隙を作る』
『『『『了解』』』』
M01隊はバラバラに飛行し、ビームを分散させた。
「シュウ・・・」
「ああ・・・行くぞっ」
ファイターモードのウィングストレイヴァーは、再びエンジェルヴォルヴに接近を試みる。
 
だが・・・。
エンジェルヴォルヴの輝きがさらに増し始めた。
『これは・・・!?』
通信から戸惑う影沢さんの声が漏れる。
エンジェルヴォルヴに、光の粒子が無数に蓄積され始めた。
俺には確証はなかった。
だが、感覚で分かる。
 
――こいつは、やばい。
 
「避けて!」
俺が叫ぶより前に、威舞が叫んでいた。
 
光の巨神から、無数の光の矢が放たれた。
威舞の回避は不可能だった。何故なら、“回避する空間がない”ほどの量の攻撃だったからである。
咄嗟に俺はバトルモード=人型へと変形させた。
「粒子を全面展開!」
≪了解≫
粒子をバリアのように前面に展開させ、敵の攻撃を防ぐ。
影沢の機体も、シールドを敵の守りに入った。
回避しようとした四機のエムストレイヴァーは光の矢に貫かれ、墜落し爆発していく。
 
攻撃が止んだ時、機体のエネルギー量が大幅に下がってしまっていた。
「エネルギー量は?」
70%使用。ドライヴアップ残数1≫
つまり、必殺技ともいえるあの突撃技は一度しか使えないということか。
 
『つまり、最低でもあと一度は使えるという事だな』
通信から聞こえる、影沢さんの声。
「大丈夫ですか!? そちらの機体は!?」
『盾も武器も、もうほとんど使い物にはならない』
シュウは左下方のエクストレイヴァーに視線を落とす。何とか滞空しているが、武装を操る両腕が破壊されていた。
「そんな状態では戦闘は不可能です! 一時退却を」
『時間がないんだ。腕がなくても、まだ飛べる』
「飛んだところで、戦闘は不可能じゃないですか?」
『お前の・・・お前達の一撃に掛ける』
「えっ」
『私の機体が前面に出る。背後からウィングストレイヴァーはついてくればいい。敵の射線が来た瞬間、お前達は機体を上昇、攻撃に移れ』
「そんなこと・・・! 盾にするようなものじゃないですか!」
『射撃と射撃の間の、僅かだが隙を突く事が出来る』
俺は・・・。
影沢さんとの、他愛ない会話。
初めはクールで、怖い人かと思っていたけど・・・。
威舞の事で、いつも相談に乗ってくれた・・・やさしい人。
影沢薫。
大切な、人だ。
 
「・・・出来ません」
『シュウ!』
「俺には出来ません!」
 
少しの間の後、影沢さんの声が届く。
 
『・・・お前は何を守りたい』
「・・・」
『私は、大切な人を死なせてしまった』
「俺は、死なせたくないんです」
『その人は、命と引き換えに自分の大切なものを・・・私を守ってくれたんだ!』
「・・・」
『私は、お前たちを守る』
「・・・」
『お前は、威舞を守れ。行くぞ、威舞』
 
「ストレイヴァー ファイターモード」
STRAIGHVER FIGHTER MODE
 
威舞のコールは、機体が突撃するという事を意味していた。飛行形態に変形する真紅の機体。
「威舞・・・!」
「やろう」
「何言ってるんだよ! 影沢さんは」
「わたしも、シュウを守りたいから」
 
威舞の後ろ姿は、震えているように見えた。
 
両腕を失っている紫の機体=エクストレイヴァー。その背後に着くようにウィングストレイヴァーは飛行する。
 
エンジェルヴォルヴは、胸のあたりに光を収束し始めた。
恐らく防御で防ぎきれないようにエネルギーを集中させてぶつけるつもりらしい。
 
『行くぞ、威舞!』
通信の影沢の声。
 
放たれる閃光。
『今だ!』
 
ウィングストレイヴァーは、機体を急上昇させた。
射線軸の影沢さんは、光の中に飲み込まれていく。
 
――後は、任せたぞ・・・。
 
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
 
残されたウィングストレイヴァーは、ただ一点、エンジェルヴォルヴの頭部を狙って飛翔した。
「・・・いくぞ、威舞っ!!」
「シュウ!!」
 
「「ストレイヴエナジー!! ドライヴアップ!!」」
 
真紅の光に身を包んだ機体。
まるで焔を纏った不死鳥の如く、光の巨神の頭部を貫いた。
 
巨神は、倒れた。

 
NE.49/8/31 5:00
 
夜が明ける。
戦い・・・長い長い夜が、終わったのだ。
 
聞えてくる声。
『アメリカ、中国、イギリス、オーストラリア、各地アブサフ基地、全て沈黙』
『ヴォルヴ、地球上にいる個体は、全て活動停止を確認』
『各地シェルターの60%以上がヴォルヴの攻撃によって破壊。生存者ゼロ』
『ストレイヴァー隊、50%以上が大破。40%が中破』
 
・・・俺は、起きている。
 
――生きているのだ。
 
――でも、どうしてだろう
 
――瞼を、開く事が・・・怖かった。
 
『ウィングストレイヴァー、聞えるか! ウィングストレイヴァー!』
通信機から漏れる声。暮乃のものだ。
 
――そういえば、威舞の声が聞こえない・・・。
 
俺は瞼を開いた。
朝焼けの光が瞳の中に飛び込んでくる。
ウィングストレイヴァーは不時着していた。さっきまで、街だったと思われるところに。
コックピットのキャノピーが開いている。
威舞は、壊れた街を立ち上がり眺めていた。
俺からは後ろ姿しか見えない。
 
「こちら、夜霧シュウ」
暮乃は俺の声を聞くと、安堵した様子だった。
『無事なのだな?』
「はい、俺も威舞も・・・生きてます。機体の損傷は激しいですが、大破はしていません」
ファイターモードで不時着している機体の損傷状況を確認し、暮乃へと伝える。
『了解した。迎えを出す。そこで待機していてくれ』
「了解」
通信は切れた。
 
確かに、“俺達”は生き残った。
だけど・・・。
 
「威舞・・・」
小さな背中に声をかける。
 
「・・・まもれなかった」
 
小さな声が聞こえてきた。
 
威舞は壊れた街を見ている。
 
皆で過ごした学校。
映画館や、祭りの公園。
一緒に歩いた川辺。
二人で過ごしたアパート。
全部・・・全部・・・壊れてしまった。
 
「・・・わたし、まもれなかったんだ・・・」
 
振り返った威舞。
 
――泣いていた。
――威舞が、泣いていた。
 
俺は、威舞に・・・こんな形で、涙を教えてしまった。
 
 
 
 
 
 
STRIGVER 第?章 破滅〜CATASTROPHE
イメージエンディングテーマ
JAM Project
/翼
 
新暦49831日。
人類は、辛くもヴォルヴに勝利することが出来た。
後に、「ラストオーガスト」と呼ばれたこの日を、人類の人口の約7割を奪った最悪の日として人々は心に刻むことになる。
 
 
 
 
――戦いは終わったかに見えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
――月の裏側に20体のエンジェルヴォルヴが確認されたのは、この2日後の事である。
 
 

 
最後まで読んでいただきありがとうございます!!
感想はブログ真・夢限の英雄章に、書いていただければ幸いです。
 
<次章予告>
 
――救う事が出来なかった、命と世界。
 
影沢の死。
重体の夕莉。
 
――弓月が自らの父という事に、死んでからでなければ気付けなかった運命。
 
全てがシュウに重くのしかかる。
その時、威舞は・・・?

滅亡が近付く世界。
迫る第二のヴォルヴ群。
 
全てを乗り越えた時、新たなる“翼”が今・・・開く!!
 
ご期待ください!!
 

 

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